#15 自分の居場所とノルウェイの森

 Comment  連載   みっつんのLondon Days              

 

今スウェーデンの森の中で、村上春樹さんのノルウェイの森を読んでいる。外は-11℃の白銀の世界。今までこんな有名な本を読んでなかったのが不思議な感じはする。このクリスマス休暇のために荷造りしていた時、ふと目に入ったフラットメイトのこの本を、勝手に借りてきた。半分読んだところで、どうやら今の自分にぴったりの本だなとは感じていた。
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今、夫のリカとクリスマス休暇で彼の実家に来ている。ここはスウェーデンの北部、北極圏まであと100kmに迫る人口5万人にも満たない小さな街。今年は12月21日が冬至で陽が一番短い日だったが、日の出が9:54amで日の入が1:04pmという世界。このクリスマスの時期になると、普段は離れて暮らしているリカの家族は、ここ両親の元へと集まる。リカの実家は森の中を切り開いたような住宅地の中にあって、家のすぐ裏は森になっていて、クリスマスツリーはその森から樅の木を切って運んできて、飾り付けをする。僕にとって、ここのクリスマスは今年で4回目だ。
昨日の夕食前、ダイニングルームでくつろいでいると、リカの妹がお皿やナイフ・フォークを出したりと食事の準備をしていた。とても綺麗でスタイルが良くって優しくって頭のいい義妹、僕はスウェーデン語を勉強中(というか、殆ど喋れない)ので、みんな英語でコミュニケーションしてくれる。二言三言なにか言葉を交わして、ふと変な気持ちになって、彼女を見ながらぼーっとしてしまった。ものすごく当たり前にここでくつろいでいるけど、『なんで今オレここにいるんだろう?』みたいな感覚。
中学の時英語の授業がとにかく嫌いで、どうせ将来自分には縁がないと諦め、通知表も常に“1”か “2″だった自分がスウェーデンにいて、英語を喋っているということも突然不思議に感じたし、妻ではなく”夫”の家族とこうやって過ごすっていうのも、とても変な感じ。もちろん、リカと結婚したからここにいるんだけど、そういうことじゃなくって、なんか想像だにしていなかった展開になっていたことに、今更気付いたみたいな感覚。全ての選択は自分でしてきた自負はあるんだけど、その選択の結果がここなんだって感じ。
その日の夕食後、リカのお父さんが僕のことを呼ぶので2階に行くと、古いレコードをいじっていた。お義父さん、そんなに英語が達者ではないし口数は少ない人なのだけれど、いつも片言で話しかけてくれる。どうやら、ベンチャーズといういわゆるエレキバンドが1965年に来日しライブをした時のレコードを聴かせたかったらしい。「ほら、日本語しゃべってるぞ」って。 ヘッドフォンで聴かせてもらうと、MCがときどき片言の日本語で曲を紹介したりしている。音がとても柔らかくって良くて、いかに自分の耳がデジタルのそれに慣れてしまったかということに気づかされる。「とても音がいいね」と喜んで聞いていると、お義父さんも喜んでくれて、いつでもここのレコード聴いていいよと、そんなに多くはないレコード・コレクションを見せてくれた。
『ん? まてよ、もしかしたら…』
ふとあることに気が付いてコレクションを見ていくと、やっぱりあった。ビートルズが歌う『ノルウェイの森』。ちょうど読んでいた『ノルウェイの森』は1968~70年が舞台で、この本のタイトルの所以となったこの曲。ネットで探せばいつでも聞けるこのご時世ではあるけれど、それが実際の時代に聴かれていたレコードを通して今聴けるなんて、偶然にもほどがある。たまたま目に入ったフラットメイトの本と、たまたま見つけたほぼ50年前のレコード。それを聴きながら、ノルウェイの森を読みすすめた。物語の最後の最後で、20歳の主人公は「僕は今どこにいるのか?」と自問するところで話は幕を閉じる。34歳の僕は今スウェーデンの森の中でノルウェイの森を聴き、ノルウェイの森を読んでいる。
こういった素敵な偶然があると、『運命だー!』みたいな感じで言う人もいるけど、僕はそういう感じではない。でも、いろんなものごとのタイミングが “ガチっ”っと合ったんだな、って思ったりはする。その“ガチっ”っていう瞬間が、このたかだか34年の人生でもいっぱいあったな、って思い返したりした。だから今ここにいるのかなって。
世の中には人生をいろいろ計画立てて、目標を持って進んでいる人がたくさんいると思う。リカもそのひとりなんだけど、僕はそういう人にとても憧れる。僕自身がいつも行き当たりばったりの人生を送るタイプだからだと思う。でも、行き当たりばったりの流れに乗っていても、まだ将来の夢や希望はもちろんある。でもあんまり自分の将来をはっきりと固めてしまうのは、やっぱり怖くてできなかったりもする。さっきも書いた“ガチっ”っていう瞬間を見逃してしまいそうだからだ。
今回、こんなふうに自分のことを見つめることができたのはとても良かったけれど、『ノルウェイの森』じゃなくても良かったのかも知れないとも思った。演劇の世界もそうだけれど、上質な文学というのはいつも読む人(観る人)をその物語やその登場人物の中に彼らを投影させる力がある。なんだかそれはヨガでいつもやる瞑想のようで、自分自身を観察したり、自分の位置を確かめたりする作業のようだ。
そして本や音楽との出逢いというのは、人との出逢いにも似ているなと思った。たまたま誰かと知り合って、場所とタイミングがきちんと合えば相手のことを好きになるし、場所とタイミングが合わなければ相手のことを嫌いにもなる。僕は今までにたくさんの人にいい場所といいタイミングで出逢ってきた、だから今ここスウェーデンの森の中にいるのだなとふと実感できたのかもしれない。
「僕は今どこにいるのか?」なんて普段考えないのだけど、忙しい社会から離れた自然の中で、ふとそうした時間を見つけるのはいいものだなと思った。
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森から採ってきた樅の木のクリスマスツリー

 

 2014/12/24 06:00    Comment  連載   みっつんのLondon Days              
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