#19 保毛尾田保毛男とゲイによるゲイ差別

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保毛尾田保毛男 (ほもおだ ほもお)。 僕が小学生のとき、莫大な人気を誇っていた『とんねるずのみなさんのおかげです』から出てきた石橋貴明さん演じるキャラクターだ。
『こういうネタがゲイ差別を助長するから悪い、やめるべきだ』
などと、したり顔で短絡的な言葉を並べるつもりはない。そういうことがおもしろいとされる時代だったし、僕も家族とそれを見ながら笑っていた。金曜の朝、学校の教室では、保毛尾田保毛男を真似する男子が、教室の中を明るく乾いた笑いの渦を巻き起こし、僕もその渦に取り込まれるように一緒になって笑っていた。
しかし、少しずつ二次性徴が始まると、自分の性に対しての懐疑心が心を占拠するようになっていた。言わずもがな、保毛尾田保毛男の影響力は心の何処かに焼印のように残されていた。小学生の頃はいわゆる肥満児で、『デブ』という劣等感が意識化にあった。そのうち自慰を覚えると、それに毎日耽っている自分は変態かもしれないという青臭い悩みと、自分が保毛尾田保毛男になるかもしれない恐怖とが、根底にあった『デブ』という劣等感の上に堆積する塵のように毎日積み重なっていった。悲劇のヒロインのように、自らの人生を悲観したものだったが、思春期には必要な過程であることに、ただその時は気がついていなかった。
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小学校5年生のみっつん、野外学習にて
中学にあがると、股関節の激しい成長痛とともに、不安定な心の成長痛をも抱えながら、思春期の変化という背後からの見えない圧力に負けないように必死になっていた。モテる為にダイエットもした。そしてクラスの中に『ホモ疑惑』の奴がいると『あいつぜってーホモだって』と友だちとひそひそ語り、自分はホモではないという事を証明することに躍起になっていた。それは、周囲に向けて発信することはもちろん、自らに対しても証明させる必要があった。
その癖は、大人になるにつれYシャツの襟の汚れのように僕の体に染み付いていたが、それで良かった。その襟汚れは落ちなくて本望なのだ。二十歳の時、働いていた地元の職場に、ひとつ年下の後輩が入ってきた。その彼と僕はそっくりだとよく言われていた。
そして数年後、彼は立派なオープンゲイになっていた。水を得た魚とでも言おうか、所謂オネエ言葉を巧みに操り、周りに笑いを起こし、当時は女性しか担当していなかった仕事も自ら志願しこなし、とにかく生き生きしていた。その姿は、保毛尾田保毛男ではなく、彼自身だった。そんな彼に嫉妬もした。
その頃になると、保毛尾田保毛男のようなキャラがいたから、僕みたいな『普通のゲイ』への偏見が作られたんだ、と僕は考えていた。しかし、その後輩の姿を見る度に、保毛尾田保毛男の存在を批判することが無意味に感じられた。そしてゲイを一番差別していたのは、自分だという感覚に襲われた。もちろんその差別という武器は、僕にとって自らの身を守るために必要だった。しかし大人になればなるほど、それが逆に重荷となって自らを傷つけていたと思う。
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『日本のオネエブームは、ゲイ=オネエのイメージを社会に植え付けているから、ゲイへの偏見や差別が助長される』
たまに日本の友達や、ここロンドンに住む日本人の中でも時折こんなことを言う人がいる。「その発言が既に差別的だよ」と今の僕は突っ込むが、その意味を理解してもらえないときも多い。結局人間は自分の思い込みだけで、物事を決めつけてしまう生き物だ。そう思いたいならそう思えばいい。でも社会や他人のせいにしたところで、あなたの環境は何も変わらない。なぜならあなたもその社会の一部なのだから。まずは自分の心の中にある差別をなくすことが、他人への差別を無くすことへの第一歩になると僕は信じている。こびりついた襟汚れは早めに落とすことに越したことはない。

 

 2015/01/22 12:00    Comment  連載   みっつんのLondon Days              
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