#20 十六ページのカミングアウト

 Comment  連載   みっつんのLondon Days              

 

ロンドンに引っ越す前、僕は手紙を書き親に送った。縦書きの便箋の一枚目、その中心に箇条書きのように書いたのはこの三行のみだった。
来月、結婚します。
相手はスウェーデン人の男性です。
三ヶ月後にふたりでロンドンに移住します。
bf5a91b6fa5aa3c929d94c2fd9c56fe3
もちろんそれまで自分がゲイだとは言ってないし、海外に移るそぶりなんて全くなかった。なんともまぁ、親にとってはショッキングなプロローグだろう。そしてそれに続く手紙は、三十年間心の内に閉まっていた気持ちやリカとの関係を十五枚にわたり書いたが、その十五枚でも足りないように思えた。本当に今伝えたいことだけを書いたつもりだったが、今はもう何を書いたかあまり覚えてない。全部で十六枚の手紙の中で、はっきり覚えているのはこの三行だけだ。
リカのロンドンへの転勤の話はその一年ほど前から話があり、その頃から一緒に行くということは二人の間で決まっていた。そのことを親にどうやって言えばいいのだろう。リカとのことは内緒にして、他の理由をつけてロンドンに行くとだけ伝えるとか、いっそのこと何も言わず行ってしまうことだって可能だったのだ。
しかし、ロンドンに引越す約三ヶ月前になり、これを機に結婚しようということになった。結婚式は約一ヶ月後。あまりに急な決断ではあったが、トントン拍子とはまさにこのことかと思うほど自然な流れがあった。
結婚が決まると、頭のどこか片隅に結婚するなら親に紹介しなければという、妙に古い考えが頭をよぎった。そして、これが絶好のタイミングだとも感じていた。これを逃したら、そうそうチャンスはないぞ、と。しなきゃいけないわけじゃない、自分がしたいからそうするんだという気持ちがはっきりしていた。
一度は直接話そうと思い、なんの理由も告げず週末だけ帰省した。しかし両親を目の前にすると、結局何も言えず東京に戻ってきてしまった。そして戻ってきた次の日にあの手紙を書いたのだった。最初は何回も書き直した。しかし、一番伝えたいことだけを最初の一枚目にまとめてしまうと、あとは滑るようにペンが進んだのを覚えている。自分の気が変わらないうちにと、書いた直後それを持ってコンビニに走り、切手を買い、その足で投函した。
手紙を送ってから三週間なんの音沙汰もなかったが、結婚式の三日前に突然電話が鳴った。姉からだった。電話に出るとすぐ姉は『Kに代わるね』と言い、長男である兄が電話に出た。聞くと今まさにそこで家族会議が行われているらしい。こういう時に代表で長男が話をするという状況に、うちの家族ってそんなに古風だったのかと、妙な面持ちになったことを覚えている。
僕にはひとりの姉と二人の兄がいるが、そこに姉の夫と長男の嫁も加えた家族が今そこに集まっていて、僕が送った手紙について話し合っている最中だという。戦前生まれの父は「そんなことは許せん、意味がわからん」と言い、母は昔からそうしてきたように「父の意見を尊重する」と言うに留まっているらしい。
昔からの性格変わらず、穏やかながらも言葉を慎重に選びながら話す兄が僕に尋ねてきたのは、国籍はどうなるのかとか、男同士で結婚できるのかとか、海外へ移住してやっていけるのか、海外は危なくないのか、という疑問だったりした。その質問にひとつずつ答えていったが、兄が次のようなことを口にした。
「海外はそうやって結婚とか出来るんかもしれんけど、日本で生まれ育ったオレらにはようわからんわ。理解してやりたくても理解できん。」
それに対して僕は次のように答えた。
「自分でも、この自分自身を理解して受け入れるのに三十年かかった。だから今すぐに兄貴や、親父やかあちゃんが理解できるとは思ってない。時間がかかることだし、かけてほしい。でもだからこそ、今言うのが良いと思ったんだ。リカは親に堂々と紹介できる人間だし、何もやましいことがないからこそ、今この手紙を書いたんだ。」
兄はいつもの通り、物静かに電話口の向こうで僕の話を聞いていたが、おもむろに話し始めた。
「どうせ、オレらが行くなって反対したって、お前の性格じゃどうせやめんだろぅ? それはわかっとるんだけど、結局親が心配しとんのは、お前がどっかで野垂れ死ぬんじゃないことだけなんだわ。親も歳だし、海外におったら助けに行ってやることもできんし。ま、でもな、オレらは親に心配かけたないってことだけだもんで、お前に何かあったら俺ら(兄弟)で面倒みるって言ってあるで、まぁ気をつけて行って来い。」
それを聞いて「ありがとう」と答えるのが精一杯だった。
そして電話を切ると、とても自分がちっちゃいもののように感じ、そんな僕を数倍も大きい何かで受け止められた感覚と、なにか罪悪感みたいなものが感じられた。もちろんゲイとして生きることはワガママでも、罪でも悪でもない。だからその罪悪感の正体は今でも何かはわからない。でもその時のその感覚があるから今を頑張れるのだろうし、また家族が一層大事なものになるような気がした。三日後、自分の親や姉兄が出席することはなかったけれど、そんな家族への感謝の気持ちを噛み締めながら、結婚式は行われたのだった。
f5bcf68d3daf50b1edb290a4d2d36b53
ロンドンで出演した芝居”CountableUncountable”で、劇中、十六ページの経験を観客に語るみっつん

 

 2015/01/29 12:00    Comment  連載   みっつんのLondon Days              
Top