第44回 ミッキー氏訃報と、新宿2丁目。 第2世代から第3世代へ。

 

1月18日の『東スポWeb』が、『急逝した“新宿2丁目のパイオニア”が残したもの』と題して、年も押し迫った12月30日に亡くなったミッキー氏の訃報を伝えた。ミッキー氏は、新宿2丁目で人気の店「ARTY FARTY」「THE ANNEX」の経営者であった。享年62歳。
私も面識があり、生前は、大変にお世話になった方である。心よりお悔やみを申し上げる。しかしながら、2丁目界隈では名の知れた方であるものの、新聞の記事になるほどであろうかと、一抹の疑問もあった。しかも、東スポである。あの、東スポである。故人がホモだというだけで面白おかしく書き立てられているのなら、それは許すまじ。さっそく記事をチェックしてみた。
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2015年1月18日『東スポWeb』より。
記事によれば、ミッキー氏を“2丁目のパイオニア” と称し、彼が1980年代半ばにオープンさせたショットバー「ZIP」を取り上げている。「ZIP」は……
 しゃれた内装で、当時10〜20代のゲイたちの夜遊びスポットとしてたちまち大人気に。週末の店内はギュウギュウだった。
 (『東スポWeb』1月18日『急逝した“新宿2丁目のパイオニア”が残したもの』より)
「ZIP」が、後に、ゴールデンタイムで初めて同性愛を取り上げ、 ジャニーズ事務所のアイドル「TOKIO」の山口達也がウリ専ボーイを演じるなど、センセーショナルな話題となったテレビドラマ『同窓会』に登場したゲイバーのモデルとなった店であることを紹介。
脚本を担当した井沢満氏は(略)ブログにこう書いている。
「『同窓会以前・以降』という言葉があるそうで、ドラマが世の中に出てきてから身を潜めていた人たちが二丁目を目指して集まるようになり、オープンになった、と聞きました。それとともに普通の男女も観光気分で来るようになったようです」
言わばZIPは、隠れゲイたちを2丁目に“飛び込ませる”きっかけをつくったのだ。
 (『東スポWeb』1月18日『急逝した“新宿2丁目のパイオニア”が残したもの』より)
と、1980年代末から1990年初頭に起きたゲイブームによって、日本の同性愛者を取り巻く状況が劇的に変化していったことと対応させて、その象徴的存在としての「ZIP」、リーダー的役割を果たしたミッキー氏を取り上げたものであった。
記事の最後は、ヒートショックによる突然死だったミッキー氏の葬儀の参列者の言葉を引用し、「年を取ったゲイの独り身って、そういうことがあるから心配。同居ならすぐ救急車呼べたかもしれないのに。同性婚やパートナーシップ制度といった法整備が進めば、ゲイの老後も少しは良くなるんだけど」とまとめている。
でもねぇ、結婚もできて、法的な庇護もある異性愛者でさえ、独り身の老後は大変なのである。それは、同性愛者だけに限ったことではない。同性婚さえ出来れば、ぜ〜〜んぶ問題が片づくと思わせてしまうようなまとめ方には異論があるものの、まあまあまともな記事でホッとした。東スポのわりには、ね(笑)。
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しかし、この記事でもっとも違和感があったのは、ミッキー氏を“2丁目のパイオニア”と称している点である。もちろん、彼が日本のゲイシーンに果たした功績を貶めるつもりなどさらさら無いが、彼は“2丁目のパイオニア”ではない。彼は、2丁目の“第2世代”の筆頭であるというべきだろう。
時代を区分する方法に、世代=ジェネレーションという考え方がある。10年をひと区切りにするディケイド(decade)に対し、30年がジェネレーション(generation)である。「世代集団が次の世代の子を作るまでの周期または期間Wikipediaより)」である。これを2丁目に当てはめて考えてみようと思う。
新宿2丁目が現在のようなゲイタウンとなったのは、1958年の売春防止法完全施行がきっかけであると考えられている。空き家となった店舗にゲイバーが次々と開店していったという。これが、第1世代である。この世代こそが、パイオニアと呼ぶにふさわしいのではないか。代表として名が挙げられるのは、「蘭屋」だろう。
当時、2丁目に店を開店した店主たちは、おそらく30代〜40代のホモ達ではなかったか。彼らがワン・ジェネレーション、つまり30年働き続けて、60代〜70代になった。時代は、まさにバブルのまっただ中である。多くは、店を若い子に任せて、オーナー業に転向。もしくは、店を売り、引退した人も多かったのだろう。この頃を境に、2丁目は様変わりをする。戦後すぐに建ったであろう建物は姿を消し、こぎれいな雑居ビルが建ち並ぶようになった。1985年には、いまでは2丁目のランドマークとなった「BYGSビル」が竣工。2丁目の新しい時代の幕開けであった。
この頃に店をオープンさせた人達が、第2世代である。ミッキー氏は、この世代である。さて、この第2世代も、そろそろワン・ジェネレーション。ミッキー氏は早世に過ぎたが、そろそろリタイアや、次の人生の展開を考える時期となる。またまた2丁目に大きな転換期が訪れるのかもしれない。
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今回は、第1世代のパイオニア達の築いた2丁目で遊んでいただろう若者達をご紹介しよう。1968年当時に20歳だった若者達である。1969年1月7・14日合併号の『週刊 プレイボーイ』が、『少年美を解剖する』と題した特集を組んでいる。
“ホモの解放区”新宿で、彼らの間の顔役的存在であるA君の現状分析。
「68年で、ホモもやっと市民権を得たという感じね。(略)ホモホモというけど、人間を信じて好きになれば、体にさわりたい、頬ずりしたいという気持ちになって自然でしょ。不潔だの、気持ち悪いのという方が異常で、私たちの方が自然なのよ。69年は、そういう意味でホモの年になると思うわ」
「私たちの方が自然」とまで言い切る。実に堂々とした物言いである。あっぱれ、A君!
とはいえ、誌面では、「女としないわけじゃないけど、やっぱり男の気持ちの方が好きだな ─ 佐藤豊クン(20歳)大学生」、「『どうせ誘われるなら、女からの方がいいんだけど、どうも僕は男から好かれるタイプなんだね』といって、ホモの世界を否定しているわけじゃない。むしろ多いに魅(ひ)かれている ─ 長谷部敏クン(20歳)ファッション・モデルという煮え切らない(笑)タイプが多い。時代を考えれば仕方ないのかもしれないが、それでも写真で顔出しした上でのコメントである。これまたあっぱれではないか。
一方、「ぼく自身も、女より男の方がいいですね。(略)ぼくは自己中心型のナルシストで、世界はオレを中心に回ってると思っているから、ホモといわれても気にならない。くやしかったらやってみろ、といいたい ─ 藤川宏クン(20歳)ファッション・デザイナーという強者も登場する。あっぱれ!

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写真左より、佐藤豊クン、長谷部敏クン、藤川宏クン。いずれも、なかなかのハンサム。特に、長谷部クンは、木村べんの描くイラストそっくり。人気が高かったのでは。

ここに登場した若者達は、ほぼほぼミッキー氏と同年代である。彼らの中からも、ミッキー氏のように2丁目の第2世代をリードした人材が輩出したかもしれない。時代はいつだって、若者達が切り開いていくのである。そして、その若者も、いずれ年老いる。そして、新しい世代が、新しい時代を作っていくのである。
いま、2丁目は、第2世代から第3世代の端境となりつつある。先達たちのような業績を残せたわけでなく、2丁目を遊び回っていただけで中途半端に年をとってしまった私は、新しいジェネレーションに期待をかける他はない。ただただ、彼らが知らない時代の歴史を語り伝えていくことだけを、私の使命と信じて。ま、ただの年寄りのお節介なんですけどね……(笑)。

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1969年1月7・14日合併号『週刊 プレイボーイ』(集英社/1969年 発行/90円)

さて、おかげさまで好評をいただいている本連載だが、このところ、毎月、アクセス数の集計が編集部から送られてくるようになった。どれだけの方に読んで頂けたのかが、数字となって表される。通信簿である。ライターに危機感と競争心をかき立てようという魂胆だ。そのテに乗るものか!と憤慨しながらも、悔しいが気になってしまう。
過去の記事を子細に検討した結果、ある結論に至った。裸の写真が掲載された回は、アクセス数が多いのである! たがか裸、されど裸、である。やはり、エロは強し(笑)。
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キャプション/『立木義浩 NUDE 特集Ⅱ 男性ヌード ヒロシ22歳=トシユキ22歳』より
死亡記事をネタにした今回、どう考えたってアクセス数の延びに心配がある。なわけで、特別付録をサービスすることにした。紹介した『週刊 プレイボーイ』1969年1月7・14日合併号が、特集と連動して掲載した美少年ヌード・カラーグラビアである。なんと、カメラマン立木義浩氏の特別撮り下ろしである!! ご堪能いただきたい。ただし、ヌケなくても勘弁。何故、頭に鳥の剥製が乗っかっているのかも、不問でお願いしたい(笑)
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「少年のリリシズムが勃起した とやや感動的に表現すれば一層この種の写真を混乱におとし入れそうなので止めておこう。(略)これまで 巷間噂されてきた男性ヌードの決定版と敢えて言おう 立木義浩が提示した69年の美学である」とは、写真に添えられた解説文。
ああ、世代が入れ替わり、時代が変わっても、ホモは変わらない。ホモのエロ好き、裸好き。男の裸こそが、ホモのレゾン・デートルなのだ(笑)。

 

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