第45回 漱石の『坊ちゃん』はホモだった!? ホモ雑誌でおなじみの挿絵画家 石原豪人の真説『謎とき・坊ちゃん』

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ウルトラマンスタンプラリー」が、私の目下の最大関心事である。これは、JR東日本の駅を巡って、ウルトラマンの怪獣スタンプを集めるというもの。忙しい! 忙しい! と愚痴を言いながら、空いてる時間を見つけては、せっせと集めている。全64駅の内、48駅まで集めた。期間内に全駅クリア出来るかしら? ま、今さらゴールしても、景品は無くなっちゃってるんだけど。

私は、意外と思われるかもしれないが、こうしたコツコツ集めて完成させる系のものが好きだ。子供の頃にハマった「仮面ライダーカード」然り。中には、好きでもない怪人のカードもあったのだが、収集癖というか、コンプリート癖というか。全部集めないと気が済まないのである。それが、いまのホモ本収集にも受け継がれているのではないかと思っている。

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「JR東日本 来たぞ我らの!ウルトラマンスタンプラリー」 実施期間:2015年1月13日〜2月27日、詳細は、https://www.jreast.co.jp/ultraman-rally/?src=brandpanelにて。

もっと驚かれるかと思うが、実は、私は、四国遍路全88霊場を歩いてまわった経験もあるのだ。見事、結願(すべてのお寺にお参りすること)である。とはいえ、信仰心があったわけでもない。もののついでというか、はずみで始めたら、ハマってしまったのである。2004年から2006年にかけてのことだ。計5回に分けて、四国巡礼の旅をした。
その頃の私は、まったくひどい状態にあった。それまで編集長(代行)を務めていた雑誌『バディ』で、自分が掲げていた目標を達成し、あっさりとその職を辞した。その後創刊した新雑誌が大失敗。深い失意と挫折の中で、ほとんど引きこもり。鬱状態と格闘していた時期だ。
大袈裟にいうなら、子供の頃に刻まれたホモというスティグマをなんとかすることだけが、それまでの生きる目標であった。果てしない自己嫌悪との戦いであった。『バディ』のキャッチフレーズとして考え出した「僕らのハッピーゲイライフ」とは、自分自身の不幸せなオカマ人生の裏返しの感情でしかなかったのだ。それ故に『バディ』を成功させることは、自らの不幸なオカマ人生を清算することでもあった。寝食を忘れて、仕事に打ち込んだ。
おかげで『バディ』は大成功。目標達成した『バディ』に未練はないと、次なるステップに踏み出そうとしたのだが、そうは問屋が卸さない。ルサンチマンだけを拠り所に生きてきた人間が、それを克服した時、生きる意味や目的さえ見失ってしまっていたのである。

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四国遍路の時に撮った写真。左下の角が、一番札所を出発する私。

そんな時、四国は香川のイベントオーガナイザーから出演の依頼があった。その頃は、蓄えた貯金を食いつぶし、底をつきかけていた頃。ようやく閉じこもっていた自室から這い出る決心をしたのである。イベント翌日。観光に連れ出してくれたオーガナイザーが、四国遍路出発の一番札所「霊山寺」に案内してくれた。何を思ったのか、その場で遍路に出ることを思い立ち、女装道具を東京に送り返し、白装束を買い求めた。呆れるオーガナイザーに別れを告げ、着の身着のままで出発したのであった。

四国遍路を歩いてみて、分かったことがある。それは、人間、選択肢があるから悩むのである。生きる目的? 人生の意義? あれやこれや考えて、選ぼうとするから迷うのだ。そこには、自分にはそれだけの選択肢が用意されているはずなのに……という思い上がりが隠れている。
遍路は、ひたすら歩く。歩き出したら、次の目標は、次の寺に到着するだけだ。考えてもしょうがない。一番札所の次は、二番札所に決まっているのだ。それをひたすらこなしていく。それこそが「行」である。偉そうに聞こえるかもしれないが、ただ、その時その時に、自分がすべきことをする。それが人生なのだ。そんなことを思いついた旅であった。

四国遍路では、各札所にお参りして、ご朱印を頂戴する。それは、まさにスタンプラリーである。私のご朱印帳には、88ヶ所霊場のご朱印がコンプリートしているのである。

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遍路途中で立ち寄った道後温泉。写真中央は、坊ちゃんのキャラクター人形。右上の角は、道後温泉本館。

さて、そうはいっても、旅は旅である。途中、途中で楽しみもある。お金は無かったが、その土地の美味しいものを食べ、観光もした。思い出深いのは、松山の道後温泉である。文豪 夏目漱石の代表作『坊ちゃん』の舞台となった地だ。もちろん「道後温泉本館」に浸かり、「坊ちゃん団子」も食べた。すっかりお上りさん気分であった。

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その『坊ちゃん』を、今回はホモ本として取り上げようと思う。石原豪人著『謎とき・坊ちゃん ─ 夏目漱石が本当に伝えたかったこと』である。帯に書かれた紹介文に、「登場人物すべてがホモだと解釈すれば、『坊ちゃん』の謎は、全部解けます」とある。どんな謎かといえば……
 
「越後の笹飴」に隠されていた暗示とは?
謎だらけの小説「坊ちゃん」に、秘められていた42の大疑問!

なぜ婆やはあれほど坊ちゃんを溺愛するのか?
なぜ登場教師が全員独身なのか?
なぜ男3人で釣りに出かけたのか?
なぜ天ぷらそばを4杯も食べられたのか?
なぜ寝室にイナゴが投げ込まれたのか?
……ほか、多数の謎を含む
(帯に描かれた紹介文より)

いずれも有名な『坊ちゃん』のエピソードである。これらいちいちをホモという視座で解釈し直している。いわば、クィア・リーディングである。とはいえ、堅苦しい本ではない。むしろ、抱腹絶倒。呆れるほど荒唐無稽(笑)。こんな具合である。

 校長の狸以外は全員が独身、という事実に。
明治期にあっては、異様なまでの独身率ではないか ──。
おそらく、赤シャツなどは、教頭だから40代後半、あるいは50代かもしれない。
漱石の記述では、赤シャツは、バツイチでもバツニでもない。
となると、この歳まで、ずっと独身を通してきたことになるが、これはどう考えても、男性として、不自然ではないだろうか。
赤シャツは、独身主義なのか。
いやいや。これには、もっと違う原因があるはずだ。
赤シャツという、赤い発情した色 ── 誘惑するカラーを、臆面もなく着ているという事実。
教師たる人物、しかも教師の中の教師である教頭が、よりによって昼間から赤シャツを着ているなんて。よっぽど、なにかあるにちがいない。
ホモなら、すぐにピンとくる。
「赤シャツって、私たちがよく着るやつじゃないの」
「赤シャツって、私はホモです、って言ってるようなものよ」

全編、こんな調子である。それがすべて、著者 石原豪人の思いつきで書かれたデタラメかといえば、そうとも言えない。本文にも引用されているが、精神科医 土井健郞の名著『「甘え」の構造』では、夏目漱石の『こころ』に登場する「私」「K」「先生」の3人の男の中にあるホモセクシュアリティを看破しているからである。
それ故か、夏目漱石ホモ説も、しばしば囁かれているが、確証はない。この方面の研究が期待される。ただし、漱石が生きた時代は、いまと比べて同性愛=男色に関して、より受容的で寛容であった時代だったということだ。漱石が同性愛者であった、もしくは、同性愛の経験があった可能性は否定できない。石原は、予断をもって決めつけることを許さない。それを「思考停止」だと糾弾する。

 作家も評論家も、男女の恋愛における分析は情熱を燃やすのだが、ことホモネタになると、とたんに苦笑して、遠ざけようとする。
「いやあ、僕はホモはちょっとわからないから……」
と、思考停止に陥ってしまうのである。
心狭き者よ、汝の名はノンケなり。
神田の古書店で資料を掘るのもけっこうだが、もっと人間を観察したまえ。

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石原豪人 画『坊ちゃん』主要登場人物。(『謎とき・坊ちゃん ─ 夏目漱石が本当に伝えたかったこと』より)

石原は、想像力を働かせる。ときには妄想の域にまで到達するほど思いを巡らせる。そうして書き上げられたのが、『謎とき・坊っちゃん』である。それは、彼が長年、挿絵画家であったことと深く影響している。

 私は「坊っちゃん」を題材にして、名作における、いままで隠されてきた男色の例証をあげてきたのだが、読者の皆さんのなかには、あまりにも荒唐無稽で、ご批判するかたもいるであろう。
それは、私も承知している。
作家というものは、私も長い間、挿絵画家としておつきあいさせていただいたが、妄想を作品に変えるすさまじい情熱をもっている。
自分の妄想を他人に納得してもらうため、大変苦労していた。
下調べと推考に時間をかける努力はつねに大変なもので、寝床の中で文案を練り、まとまれば机に向かう。だから、脳みそが充血状態で、時に、寝ることもできず……。
一方で、遊び心を忘れず、現実の話を勝手に変えたりして、見果てぬ夢を語ろうしたがる。
わたしが言いたいのは、作家は、現実をいろいろと脚色する性質があるということだ。

作家が心血を注いだ作品に、挿絵画家として対峙する時、自らもまた精一杯の想像力と妄想をもって立ち向かう。それが作品への敬意だと考えているかのようだ。なんとも、生真面目で、礼儀正しい姿勢ではないか。本書巻末の赤田祐一『石原豪人氏について、担当編集者からの打ち明け話』にも、そんな石原豪人の人となりが語られている。

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森久 撮影による石原豪人の肖像写真。(『謎とき・坊ちゃん ─ 夏目漱石が本当に伝えたかったこと』より)

そもそも石原豪人は、少年雑誌、少女雑誌を舞台に活躍した挿絵画家である。

 「怪奇現象」「妖怪」「怪獣」「怪人」……ありとあらゆる「怪」の世界を描いて、石原豪人は戦後の挿絵界に、大きな足跡を残しました。
(略)
「怪」の世界を描かせると、豪人は特別な輝きを発しました。怪奇現象や怪獣の絵とは、現実にはありえない場面や生き物であり、経験や写真を参考にして描くものではない。……画家が想像力をたくましくして場面を捏造しなければならないものです。
豪人という画家はそういう想像力を必要とする仕事に抜きんでた才能を発揮しました。 

(中村圭子 編『石原豪人 「エロス」と「怪奇」を描いたイラストレーター』より)

石原は、晩年は、活躍の場をエロ雑誌やホモ雑誌に移した。我々には、「林月光」の名で描かれた、『薔薇族』や『さぶ』の、なまめかしい美少年、美青年の挿絵で印象が深いだろう。
彼自身がホモであったかどうか? それについて、こう語っている。

 確かに、私は、美男・美女が大好きと、つねにインタビューなどで公言しているし、ホモ雑誌やSM雑誌などのアダルト誌にも「林月光」という画号で、美少年の裸体イラストなども描く機会が多い。
そのせいか、呑み屋などで、私のことを「豪人さんはホモではないか」と囁く編集者が多いようであるが、残念ながら、私は、ホモではない。ただ、どういうわけか、昔から、私のまわりにホモが多く集まってきて、そのため、自然とホモの習性に詳しくなってしまったのだ。

彼がホモであったかどうか? 私たちは、石原豪人=林月光という希有な作家と対峙する時、妄想と想像力を駆使して考えなければならない。どちらであったにせよ、それが彼への礼儀であり、敬意であるのだから。

コンプリート癖の私である。石原豪人=林月光の本を集めたいと考えているのだが、多作であったため、掲載された書籍すべてを集めるのは不可能である。せめても彼のまとまった作品集だけでも、集めたいと考えた。しかし、それは少なすぎる。もっともっと、彼の作品集が発行されても良いのにと、切に願う。

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石原豪人『謎とき・坊ちゃん ─ 夏目漱石が本当に伝えたかったこと』(飛鳥新社/2004年 発行/ISBN4-87031-626-9)

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中村圭子 編『石原豪人 「エロス」と「怪奇」を描いたイラストレーター』(河出書房新社/2010年 発行/ ISBN978-4-30972774-5)

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