第57回 新潮社『フォーカス』誌のフルチン偽装 小坪のハッテンビーチで起きた「疑惑のフルチン事件」を解明する!

「あぁ、チンコが見たい!」と、思うことがある。いても立ってもいられないぐらいに、チンコが見たいと思うことがある。いまは、数回のクリックで、思う存分、チンコを見ることが出来る時代である。赤いの、黒いの、白いの。大きいのも、小さいのも。見放題である。インターネットとというメディアはまったく偉大なものだ。

私が子供の頃は、チンコを見るのは至難の時代であった。見られないからこそ、見たい気持ちはいや増した。当時、目にしたチンコは、鮮烈な印象と共に、いまだに忘れられないでいる。そんなチンコの1本は、少年雑誌に載っていた、ニューギニアの原住民の写真であった。おそらく、秘境探検といった企画だったのだろう。ザラ紙に粗悪な印刷で、『National Geographic』誌からでも無断転載した写真が載っていた。装身具だけを身につけた裸の若者が数人、手に手に槍や武器を持って並んでいた。その股間には、ぷらんとぶら下がったチンコが、確かに見えた。わずか数ミリのサイズであっても、そのチンコの衝撃は大きかった。体中を血が逆流するのがわかった。オナニーさえ知らない子供の私は、渦巻く血潮を鎮めることも出来なかったのである。

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「疑惑の銃弾」事件、「ロス疑惑」の犯人とされた、故三浦和義氏。

もう1本、思い出深いチンコがある。三浦和義氏のチンコである。例の「疑惑の銃弾」事件、「ロス疑惑」の容疑者とされて、マスコミを賑わした人物である。若い人は知らないかもしれないが、当時、大きなニュースとなった事件である。
1981年。三浦氏の当時の妻が、ロサンゼルスで何者かに銃撃され、後に死亡する事件が起こった。悲劇の夫としてマスコミに登場した三浦氏であったが、1984年の『週刊文春』が、三浦氏が保険金目当てに仕組んだ事件ではないかと報道。一転して、三浦氏は犯人扱いをされるようになる。マスコミは過激化し、プライバシーを侵害した報道が当たり前のように行われた。
そんな中で、とある写真週刊誌が、三浦氏がかつて乱交(スワッピング)パーティに参加していたことがあるとスクープした。その時のパーティの様子が、見開きいっぱいの写真で掲載された。複数人の男女が、全裸で、並んでいた。もちろん、参加者の顔には目線が入り、個人が特定されない配慮がなされていた。もちろん、股間にはボカシが入っていた。ところが、三浦氏ただひとり、股間のボカシがなかったのである! 小さな写真を目一杯に引き伸ばした結果、ざらついて不鮮明ではあったものの、三浦氏のチンコは亀頭のくびれまで分かるほどであった。
ショックだったねぇ。滅多に見られないチンコが、何万部も発行される雑誌に堂々と載っていたのである。興奮したねぇ。しかし、三浦氏は、まだ、有罪の確定していない容疑者である。それなのに、彼だけ、フルチンで晒しものにされているのである。しかも、その雑誌がワイセツ罪で訴えられることもなかった。 三浦氏にはチンコのプライバシーさえ無かったのだ。滅多に見られないチンコが見れた興奮はあったものの、なにか、うら寒い思いもしたのであった。

2003年、最高裁は、証拠不十分で彼に無罪判決を下した。日本では、彼の無罪が確定したのだ。しかし、2008年、捜査が進行中であった米国ロサンゼルス市警により逮捕。ロスの留置所で、彼は自殺した。

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さて、今回、紹介するのは、「疑惑の銃弾」事件の報道がエスカレートしていった1984年。その過激報道の急先鋒メディアであった写真週刊誌の代表的なひとつ、新潮社『フォーカス』。その『フォーカス』誌が、小坪のハッテンビーチをスクープした記事である。題して、『おとこおとこおとこおとこ』。副題には「湘南“小坪ホモビーチ”案内」とある。

 横須賀線の逗子駅で降り、まずゆっくりと海を目指して歩いていこう。しばらくすると(10分か15分で)無事、逗子海岸にたどりつく。(略)海岸沿いに西へ。鎌倉方面に向かって少し歩く。浪子不動のあたりで海岸に降り、左手に徳富蘆花「不如帰」の海中石碑をみながら、岩づたいにカニの横這いよろしく進んで行くと、諸君! ごらんの別天地がひらけてくる。

「小坪」は、古くから知られたホモビーチである。1992年公開の映画『おこげ』で紹介されたこともあり、「西の塩屋(海岸)」と並び、「東の小坪(海岸)」として、ハッテンビーチの代表的存在であった。最近では、近隣に民家が建ったらしく、規模が縮小したと聞くが、いまだ健在のようだ。当時の様子を、本文から見てみることにしよう。

 ここは人呼んで“小坪ホモビーチ”。ホモちゃんたちはこの岩場を単に“小坪”といい慣わしている。写真左手の崖の手前の方向が小坪漁港、上方が逗子海岸、右手が葉山マリーナ方面である。
夏になると、小坪には東京方面のホモたちがどっと繰出してくる。シーズンは7月、8月。週末には60〜70人ものホモちゃんが大集合することも珍しくない。

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スクープされた写真には、15人の姿が確認できる。この写真を撮影したのは、クレジットに拠れば、野間成昭という人物である。

 きちんと海水パンツを着用している男もいれば、白いサポーターを天に突きたている男もいる。ふんどし姿の男も少なくない。色は白、赤、青、写真では見えないけど白地にグレーの水玉模様のフンドシを締めてる男もいた。回りの男たちの気をひくつもりか全裸で寝そべる男がいるかと思うと、その股間にピントをあわせてかポケットカメラのシャッターを切る男もいる。みんな短髪だ。

「全裸で寝そべる男がいる」! 写真を見ていただけじゃ、ちょっと気づかなかったが、記事には、そう書いてある。確認すると、確かに、カメラをこちらに向けている男がいる。そのレンズ越しの視線をたどると、手前に、片膝を立てて寝そべる男の姿があった。一見すると、水着らしきものは履いていないようだ。その股間には、黒い棒状のものが、見える!! 確かに、見える!!! チンコか? チンコなのか?
私の胸は高鳴った。しかし、曲がりなりにも日本を代表する大手出版社の「新潮社」が出す雑誌である。まさか、無修正でチンコを掲載するなんて、にわかには信じられない。謎は謎を呼び、疑問は疑惑となる。ここに、小坪 疑惑のフルチン事件が起こったのであった。

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さっそく私は、最先端の科学技術も導入し、検証することにした。といっても、ページをスキャナで取り込み、拡大をしてみただけであるが……(笑)。その検証画像が、これである。

確かに、片膝立ての男の股間には、黒い棒状の影が認められたが、どうにも不自然である。
1)黒い棒状のものは、足に近づくにつれ、ふくらみを増しているように見える。ということは、チンコを上向きにして、金玉袋の裏を日に当てている状態だと推測される。
2)とすれば、ヘソの方向へ投げだされたチンコの先端が、おかしい。平らに見えるのだ。まるで、ソーセージをスパッと切ったように見えるのである。
3)光の具合なのかもしれないが、チンコの先が、二叉に分かれているようにも思われる。
4)さらに、チンコの先とおぼしきところから、ウエスト回りに沿って、細く、白っぽく、線状のスジが確認できる。
以上のことから、私は結論した。

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彼は、上図のような、Tバック状の細い紐パンを着用しているのだ! 間違いない!! しかし、記事にはわざわざ「全裸で寝そべる男」と書かれているのは、何故だ?
いったい、この記事を書いたのは、誰なのだろう? 「写真では見えないけど白地にグレーの水玉模様のフンドシを締めてる男もいた」という記述から、 この記事を書いた人物は、写真では分からない事実を知っている。ということは、この写真が撮られた現場にいた人物ということになる。つまり、記事を書いたのは、撮影者の野間なる人物本人か、もしくは、同行した記者と推測される。
しかし、いずれにせよ、現場にいたのであれば、片膝立ての男が全裸でなかったことは自明のはずである。それなのに、記事では「全裸で寝そべ」っていたことにされている。これこそが、この事件の核であり、本当の疑惑なのである。

ここからは、推論の域を出ないが、この事件は、『フォーカス』が、読者にミスリードさせようとしたものだと考えられる。片膝立ての男がパンツを着用していたことは明らかだったにもかかわらず、不鮮明な写真と、記事中の「全裸で寝そべる男がいる」という記述により、読者に、小坪には平気でチンコを出しているホモが集まっている、と印象づけようとしたのだ。

さらに、この記事は、うら寒くなるようなメディアの傲慢さが臭ってくる。それは、たとえ、チンコが出ていることでワイセツ罪に問われようとも、海岸でチンコを出すようないかがわしい存在であるホモは犯罪者に違いない、だから、チンコを載せたってかまわないのだ、というロジックだ。まだ罪も確定していなかった三浦氏のチンコを晒したのと、同じ理屈である。
こうした扱いをされると、ホモの中にも、海岸でチンコなんか出しているからいけないのだ、としたり顔で言う奴が出てくる。そんなバカは、疑惑の本質に気がついていない。本当におめでたい間抜けホモ野郎である。
そもそも、公然でチンコを出すことの問題と、それをメディアで晒してしまって良いのかという問題は、全然違う論点のものだからだ。公然でチンコを出すことが犯罪であれば、それを誌面に載せることも犯罪である。しかし、人間以下の存在であるホモや、犯罪者は、ワイセツの概念にさえ入れてもらえない。動物並みの扱いをされているということだ。それは、かつて、未開の原住民が受けた扱いと同じだ。少年雑誌に堂々と掲載された彼らのチンコは、ワイセツでさえなかったのだから。思い上がったメディアは、度し難い。暴走した正義感ほど、恐ろしいものはないのである。

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もうひとつ。この号には、ホモ本的に気になるページがあった。『お尻だった認めてほしい』と題された記事である。これは、ダンサーのマイケル・クラーク率いる舞踏団が、ベルギーで開かれた現代舞踏祭への参加を断られたというニュースを報じている。その理由というのが、彼らの着用する予定だった、お尻がまる出しになる衣裳のせいだったのである。マイケル・クラークとは、当時22歳の若手ダンサーで、“パンク・バレエ”と称される作品を発表し、ダンス界で一躍寵児となった人物である。記事中ではふれられていないが、もちろん、ゲイ。
チンコであれ、お尻であれ。それがニュースとなっていた時代があった。平然とホモが犯罪者かのごとく貶められていた時代があった。それは、わずか30年前の話だ。今は昔である。

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『フォーカス』1984年8月24日号(新潮社/1984年 発行)

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