第60回 ホモとノンケの異文化交流!? 1981年『平凡パンチ』掲載の、ルポ『オンナが体験 新宿・ホモストリート』。

 

早いもので、この連載も60回目を迎えた。よくもまぁ、毎週毎週、1年以上も続けてこられたもんだ。読者の皆さんには、心より御礼申し上げる。
はじまりは、前編集長のバブリーナ氏から「なんかやって!」と頼まれたからである。そのバブリーナ氏であるが、現在は2CHOPOを離れ、女装タレント業に、クラブのブッキング、はては、こんなことまで始めるらしい。
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詳細は発表されていないようだが、バブリーナのTWITTERを要チェック!
なんと、YOUTUBEで番組を作るという! 「お悩み相談コーナー」があるらしく、お悩み募集中とのこと。私も、死期が近くなったので、やり残したことをやっておこうと思い、何から手をつけたらいいのか? を相談してみることにした(笑)。それにしても、八面六臂の大活躍である。私生活では七転八倒。ハッテンバでは上へ下への大騒ぎ。バブリーナ、しぶといオカマ(笑)。
さて、バブリーナなき後、ほったらかしにされていた私だが、ようやく担当の編集者がついた。ありがたいことだ。Y君は真面目な好青年で、イヤな顔ひとつ見せずに、この気むずかしい年寄りホモの相手をしてくれている。どんなに入稿が遅れても、さらっと対応。何事もなかったかのように更新してくれている。あぁ、ありがたや。ありがたや。私が寝たきりになったら、彼に介護をしてもらおうと考えている(笑)。そんな申し分のないY君であるが、ひとつだけ、気になることがある。彼は……、ノンケなのである!
「2丁目ポータル」と銘打っている2CHOPOであるが、バブリーナが離れて以降、正直、2丁目との連携が薄くなってきたように思われる。それじゃいかんだろ!? との思いで、着任早々の彼をかり出して、2丁目の要人たちにご挨拶回りに出かけた。
私のまわりにいる海千山千たちである。一筋縄ではいかない。会う人ごとに、「アンタ、ホモ?」「ノンケなの?」と矢継ぎ早に質問攻めにあう。なんと答えていいかも分からず、ただただニコニコと愛嬌を振りまきはするのだが、その目の奥に困惑があった。私は、オタオタする彼の姿を見ながら、ちょっとばかり意地悪な感情を楽しむ。
普通はね、初対面の人に「ホモ?/ノンケ?」と尋ねられることはない。一般ノンケであるなら、そもそも自分の性的指向を聞かれることはないのである。男たるもの、女が好きに決まっている(とされるのが、当たり前なのだから)。ところが、ここは2丁目である。ここでは、ノンケは、部外者である。よそ者である。エイリアンである。ざまあみろである。
「アンタ、ホモ?」という問いかけは、すなわち、「あなたは何者なのか?」という問いかけである。「自分とは、どんな存在であるのか?」ということでもある。普通なら、誰だって、そんな面倒臭いことは考えたくはない。それをいきなり、初対面の人間から訊かれるのである。
ところが、同性愛者の多くは、常にこの問いかけに向かい合わざるをえなかったのだ。「自分は、まわりの人達と違うのではないか?」「自分とは、一体、どんな人間なのだろう?」その問いに、すんなりと「自分はホモだ!」と答えられた人は少ないのではないか。それほど、ホモにはマイナスがつきまとっていたのだ。
ホモに面倒臭い人間が多いのも、自意識をこじらせてしまったタイプが多いのも、実は、そこに原因があるのではないかと思っている。物心つく頃から、こんな“哲学”的な問題にかかずらうのである。そりゃ、ひねくれるわ(笑)。
それでも、ホモは、まだ優しい。Y君が男であり、チンコがある限り、ホモはそれなりの相手をしてくれる。いじましいというか、あさましいというか。ホモがホモたる所以である(笑)。しかし、レズはそうはいかない。「アンタ、ホモ? ノンケでしょ。ノンケよね」と答えを待つ間もなく、ダメ出しがはじまる。そりゃ、ぽっと出のノンケを2丁目に連れてきた私も私だが、それに積年の恨みを晴らさんばかりにダメ出しをする、アンタもどうよ?(笑)
そんな一夜が繰り広げられたのである。
どういう経緯でそうなったのかは知らないが、縁あって2CHOPOの編集者となり、よりによって私の担当にさせられた、彼が不憫だ。しかも、「2丁目ポータル」である。入社早々、未開の奥地に赴任させられたようなもの。現地の風習も、しきたりも、言語さえ通じないようなものである。彼が、私たちの社会や文化を知らないのは、彼“だけ”の責任ではないのだから。ま、あまり、イジメんといて! というところだ。
同性愛が徐々にではあるが受け入れられつつある。これからは、学校で、職場で、カミングアウトをすることが当たり前にもなっていくだろう。また、同性愛者をめがけて近づいてくるノンケも増える。まさに、これからが異文化交流のはじまりなのである。(ノンケを)甘やかしすぎるのもいけないが、かといって、被害者面してゴネるだけってのも、いかがなものか。お互いを尊重する気持を持つことと、謙虚であること。これに尽きるねぇ。ま、Y君は、私が責任を持って、立派なホモとして通用するぐらいの高等教育を施すつもりである。乞うご期待!(笑)
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さて、今回取り上げるのは、1981年9月7日号の『平凡パンチ』である。競合誌の『週刊プレイボーイ』と人気を二分し、当時の流行や風俗、若者の興味や関心を知るにはうってつけである。その『平凡パンチ』が興味深いルポを掲載している。その名も、『オンナが体験 新宿・ホモストリート』である。
 この目で確かめてみるまでは、信じられないんだな。若い男のコの間で、ホモっちゃうのがはやってるなんて。だって、今やわが同性の女のコちゃん、けっこう翔んでるもの。性の処理に困ることはないはずよ。
 ほかの理由があってその道に走るのかもしれないけど、もし女のコに誘われたら彼らホントに拒絶するのかなあ。わたしも女のウチ。まずは実行あるのみと、その名も高き新宿2丁目へ出かけてみたワ ───
(タイトルリード文より)
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この企画は、2見開き半。全5ページであった。これはその最初の見開きページ。
 まず、目に入るのは「ホモ人口300万人 まだまだ急増中!!」というコピーだ。この300万人という数は、『薔薇族』編集長 伊藤文学氏の「男性100人のうち、5、6人はホモという発言が根拠となっている。最近も電通が発表したLGBTの人口試算が話題になったが、ホモ人口については、石田仁氏の興味深い論考がある。京都大学学術出版会の『セクシュアリティの戦後史』に収録されている、『戦後日本における「ホモ人口」の成立と「ホモ」の脅威化』だ。一読をお勧めする。
話がそれた。
そんな、ホモ急増でにぎやかな、新宿2丁目に乗り込んできたのは、「第一線女性ルポライター」世樹まゆ子女史。『薔薇族』を発行していた第二書房が経営していたスナック『祭』、ゲイ・ディスコ『MAKO・Ⅱ(セカンド)』を取材している。店は特定できないが、ウリ専バーも写真入りで紹介するなど、意欲的ではある。
が、トビラにデカデカと書かれている、「でも ホモのコって… 誘えば堕ちそうだったなあという煽り文句がすべてを物語っているのである。まずは、彼女のホモに対する認識とは……
 男女共学の教育の中で順応性に富んだ女のコたちは、男を仲間とも異性ともとらえ、“女”へとスムーズに変身していく。そんな反面、“男”になりきれない不器用な男のコたちが最近多いように思う。
 女性に興味を持ちながら、住みなれた男のコの世界に閉じこもっている。“飛ぶのが恐いのはむしろ、こんな男のコたちかもしれない。
彼女にとって、「大人の男」になれない男=ホモ、なのである。これは、人間は、幼児期の多型倒錯から、同性愛期を経て、“正常な”異性愛に育っていくという、当時では主流ともいえた考え方そのものだ。つまり、ホモとは、何らかの原因により、同性愛期にとどまらざるを得なかった、可哀相な未熟児なのである。そこで、この世樹まゆ子という女性は、こう語る。
 まさか、「任しといて、私が相手してあげるから」とは言わなかったが、そんな気持が心をよぎったのは事実。けれど、それが女としての気持ちというより、母性愛に似ていたのは、彼に“男”が見えなかったせいかもしれない。
出た! 母性愛!!(笑) なんなんだろう? この“母性”を笠に着た、女の厚かましさ(笑)。ところが、この企画全体を読んで、この記事が掲載されたのが『平凡パンチ』という媒体であることも考慮に入れると、次の様な文脈に取り込まれてしまうのだ。そのことに、はたして、この「第一線女性ルポライター」は気がついていたのだろうか? それというのは……。
「この頃は、ホモだろうがオカマだろうが、男と見ればくわえ込みたいと思っている“翔んでる”淫乱ヤリマン女がいる。だから、(正常な)読者諸氏よ! 女のコを口説け、誘え、やっちまえ!」というメッセージだ。
見事なまでに、ホモも、第一線女性ルポライターも、青臭いノンケ男の性欲のために利用され、消費されてしまっているのだ。こんな策略に乗ってしまう/乗せられてしまう世樹も世樹だが、ホモもホモである。まぁ、それも、ホモなりのサービス精神ではあるのだが(笑)。
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口絵より。「新宿・ホモストリートで出会った、そのコたち」これは、よく描けている! 当時のイカホモ、オシャレ系のホモが勢揃いだ。
そんな、ど~しよ~~~~もない記事の中で、唯一、好感が持てるのは、「マコのおっかあ」のコメントである。『MAKO・Ⅱ(セカンド)』は、『Boogie Boy』『FULL HOUSE』『BLACK BOX』と並んで、当時のホモ達に人気のディスコであった。週末ともなれば、狭い店内、押すな押すなの大盛況。ドリンク一杯で、出入りも自由。一晩中遊べたのだから、若いホモのたまり場となっていた。ドナ・サマーで、鏡張りの壁に向かって踊るホモ達。かくいう私も、そんな中の一員であったが。そして、どんなに混み合っていても、誰がドリンクを注文して、誰が注文していないかを、めざとく、きっちりとチェックしていたのが、マコのおっかあである。
女性オフリミットのホモ専用ディスコ『MAKO・Ⅱ(セカンド)』がある。
 オーナーの永瀬敬三さんは、19歳でゲイボーイとしてこの世界に入り、26歳で、『クラブ・MAKO』をオープン。現在40歳。
「ホモ=オカマ、と思う人が多いだろうけど、違うのよ。ホモは性的に男を愛する男よ。女に生まれ損なった男じゃないんだから」と、オネエなまりはあるものの、オフホワイトのKENZOのシャツにパンツスタイルの彼は、まさしく“男”。
 彼はまた、ホモは生来、ホモの本能を持って生まれてくるのだとも言う。女の中で育ったから、少年のころいたずらされたからといった話をよく耳にするが、これはむしろ、後で理由付けされたものだと力説する。
おそらく、このルポライター女史から、「女になりたいですか?」とかなんとか、バカな質問でもされたのだろう。彼は、持論を、毅然と語っている。彼の説が正しいかどうかは、さておき。彼もまた、「自分とは、どんな存在であるのか?」を考え抜いてきたタイプなのではないだろうか。彼の、哲学の末に得た、命題である。彼の言葉は、強い。わずかな一文からでも、それがうかがえる。
女人禁制で門前払いをくらったルポライター女史であるが、なんと、男装して『MAKO・Ⅱ(セカンド)』に潜入する暴挙を企てた(ことになっている)。「チェックのシャツにジーンズ。160センチの身長にスニーカーはまずいかなと、5センチのヒールのついた、男仕立てのヌメ革の靴を選ぶ。Aカップのエグレ胸が、やけに大きく思える。さんざん考えて、伸縮包帯でカバー」したというが、きっと、バレバレだったよ。ごくろうさん(笑)。
かくして、異文化交流には困難がともなう。今も昔も、である。これから夏に向かって、虫のように物見遊山のノンケたちが2丁目に押し寄せてきそうである。同性愛を取り巻く状況は、ここ最近でめざましく変化した。けれど、かたや、ノンケの意識は、おそらくは、この記事の頃とあまり変わっていないだろう。2丁目のそこここで、異文化交流が行われるはずだ。お互いを尊重する気持と、謙虚さと、多少の皮肉と、セクハラ(!)で、乗り切ってもらいたいものである(笑)。
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『平凡パンチ』1981年9月7日号(平凡社/1981年 発行)
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小山静子、赤枝香奈子、今田絵里香/編『セクシュアリティの戦後史』(京都大学学術出版会/2014年 発行/ISBN 978-4-87698-392-6)

 

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