第61回 モテないホモほど、良いドラァグクイーンになる! 写真集『dr.a.g.』と、『CLUB FLYER』。

 

光陰矢の如し、である。英語では「Times flies like an arrow.」という。時は、まさしく矢の如く、飛び去っていってしまうものだ。ハッと気づくと、とてもとても長いこと、クラブ業界で生きてきてしまったのである。1970年代末の歌舞伎町ディスコ全盛の時代から夜遊びを始め、30数年を過ぎた。私の女装歴も、ほぼほぼこれと重なるので、30年にもなる。石の上にも3年というが、我ながら、よくまぁ、30年も続けて来れたものだ。とはいえ、ドラァグクイーンとして、それが仕事となったのは、90年代中頃からなので、およそ20年間である。
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今回、最初のご紹介するのは、2012年に、ニューヨークの「Tectum Publishers」が出版した、『dr.a.g.』なる写真集である。表題は、dressed as girl(女のコの格好をする)の頭文字を取ったものだ。だから、ところどころに「.」があるのだ。それが、どんな意味を持つのか、はたして分からないが、なんだかオシャレだ。スカした感じがする。ただの女装じゃない。「ジョ、ソ、ウ」と書いて、「女装、それは、美しさの表現」とでも読ませるようなもんだ(笑)。
ページをめくれば、総勢75名ものドラァグクイーン達を、68名ものカメラマンが激写したポートレイト集である。いずれの写真も質が高く、本としての装丁も美しい、大判の写真集に仕上がっている。まだ発売されて間もないので、英米で現在活躍中のドラァグクイーン名鑑といえる。ル・ポールの『DRAG RACE』を筆頭に、英米でも、まだまだドラァグクイーン・ブームは健在のようである。
しかし、驚いたのは、見たことも聞いたこともない若手のクイーンばかりだったことだ。知っていたのは、レディ・バニー、ジョーイ・アリエス、ジャッキー・ビート、ヘッダ・レタス、シェリー・ヴァイン……わずか1割にも満たない。いずれも、クラブブーム華やかなりし、90年代〜ミレニアムを彩ったドラァグクイーン達である。あの頃、日本にも頻繁にやって来ていたジョーイは健在のようだが、レイヴン・オーはいずこに? ミス・アンダーストゥッドは、いまどこへ?
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私が知らなかった若手クイーン達。上段左/Elaine Lancaster、上段右/Miss Coco Peru、下段左/Roxxxy Andrews、下段右/SHEQUIDA。
栄枯盛衰。この20年で、消えていったクイーンも数多い。それは、日本でも同じだ。クラブを彩る小道具として欠かせないはずのゴーゴーボーイとドラァグクイーンだが、クラブ業界の冷え込みと共に、なかなか厳しい現実がある。例のダンス規制法の煽りを受け、多くのクラブが閉店に追い込まれた。ハコが無くなるということは、職場を失うことである。出演できるイベントが激減したのが、この10年だ。不景気になると、やはり、エロが伸びる。確実な集客が期待できるからだ。
音で勝負するダンスイベントに閑古鳥の鳴く中、「ノーパンスエットナイト」「露出狂ナイト」をはじめとするお色気イベントは押すな押すなの大盛況である。競パン、巨根、胸毛、乳首……と、細かくセグメントされたセクシャルファンタジーを打ち出したイベントも雨後の筍の勢いだ。こうして踊れるハッテンバと化した最近のイベントでは、色気で勝負をかけるゴーゴーボーイは、まだまだ需要がある。
ところが、ドラァグクイーンは就職難である。エロモード全開のイベントに女装というのは、いかにも取り合わせが悪い。むしろ、鬼門だ(双方にとって)。そんなイベントに女装がいたら、期待で膨らんだ胸と股間が、一瞬にして萎えるだろう。ま、それでこそのドラァグクイーンであるのだから、ここはひとつ、武士は食わねど高楊枝と決め込んでおくのがよい。
そもそも、私がドラァグクイーンなるものを始めたきっかけ、である。それは、はるか30年も昔。はじめて訪れた新宿2丁目。前回の本連載でも、チラと触れたが、ディスコ『MAKO・Ⅱ(セカンド)(注/以下、マコ)』でのことである。まだまだケツも青く、夢と希望に胸と股間を膨らませていた私が、ようやく出来た2丁目フレンドと、その店のドアを開けた瞬間から、この長い長い物語は始まる。
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Jackie Beat(Photo by Austin Young)は、90年代では、まだ出たての元気いっぱいクイーンだった。いまや、貫禄たっぷり。てか、アンタ、写真じゃなくて、グラフィックになってるわよ(笑)。
週末の『マコ』は、押すな押すなの超満員。お上りさん気分で、すっかり舞い上がっていた私。ドナ・サマーやら、ヴィレッジ・ピープルが大音量で流れる中、1杯500円のドリンクをちびちび飲みながら、あたりを見回す。見わたす限りホモ! 当時の主流は、風間トオル的な、スケルトンブラシで髪をサラッとブローしました風。着ているものは、「SHIPS」やら「Boat House」やらのトレーナーか、ラグビージャージ。小脇に、「Hunting World」のセカンドバックを抱える。それが、イカホモ80年代スタイルだったのだ。こざっぱりと垢抜けた美青年ばかり(だったように、当時の私には思えた)。もぅね。恋の予感に胸と股間ははち切れんばかりだったよ。
ところが、である。しばらくすると、はじめて出来た2丁目フレンドは、男に誘われるままに帰ると言い出した。羨ましくもあったが、ふたりを見送って、混み合った店内にただ一人。それでも、まだ、私にも声をかけてくる男がいるはずと、期待があった。しかし、待てど暮らせど、私は一人。いつしか、自分が透明人間にでもなったような気分であった。ドアが開く度、視線を向けるが、入ってくる客の誰ひとり、私に一瞥もくれない。あぁん。誰か私を見て!
そんな私を尻目に、やはり、店中の客の視線を集めるようなイイ男というのは、いる。彼がダンスフロアに移動すると、全員の目が、彼を追いかけた。彼が踊ると、次第に、ダンスフロアには人が溢れた。小麦色に日焼けした肌と、ぴっちりとしたポロシャツに透ける乳首。ぴたりとしたパンツ。どこから、どう見ても、好青年。いまでいうイケメン、イカホモであった。
それは、そうである。今なら、その理由がよく分かる。あの頃の私は、モミアゲをスッパリと切り落とした、テクノカットというか、お椀カットの頭をしていた(バナナマン日村を思い浮かべてもらえばいい)。着ていたものも、ずいぶんヘンテコだったに違いない。そして、そんなホモは、『マコ』には誰もいなかった。場違いというか、お門違い。おととい来やがれ、といった感じだったのだ。
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Lady Bunny(Photo by Peter Palladino)は、90年代ドラァグシーンの、重要な立役者の一人だ。さすがに、寄る年波は、彼女の目のまわりにも押し寄せていた(笑)。
私の2丁目彷徨の旅は、かくして始まった。だが、さまよえど、さまよえども、男に声をかけられた経験は皆無である。男出来ない→オネエで騒いで憂さ晴らし→もっと男出来ない……という悪循環に陥っていたのである。それでも、懲りずに、90年代。芝浦「GOLD」のゲイナイトへも行った。もちろん、モテない。日比谷「ラジオシティ」のゲイナイトにも行った。当然、モテない。誰ひとり、見向きもしてくれないのである。
モテたい! 見られたい!! 透明人間は、もぅ、ゴメンだ!!! ある日、思いあまって女装して出かけたクラブで、私は夢のような体験をする。それまでは、誰ひとり、一瞥さえよこさなかったイケメン、イカホモ達が、みんな、私をチヤホヤしてくれるのだ。近づいてきて、抱きついてくる男もいた。あぁん。モテた♥ 私の勘違いは、この時から始まった。
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Charles Busch(Photo by Douglas Levers)は、この本で再会できて、もっとも嬉しかった一人。劇作家であり、役者。『Vampire Lesbian of Sodom』なる作品で、日本公演も果たしている。
女装さえすれば、皆の注目を集められる。イケメンの視線は、最高の御馳走であった。見られたい、もっと見られたい。その思いだけが暴走し、日に日に格好は派手になった。その内に、入場料を取られなくなった。その内に、車代がもらえるようになった。そして、ついに、仕事になった。いまや、お金をもらって、ホモ達の視線を浴びる。楽屋では、ゴーゴーボーイの生着替えだって、見放題! かつての自分なら、殿上人であり、生きる世界が違っていたイケメン達でさえ、手が届くところに……いるのだが、モテないことは変わらない。
ドラァグクイーンとして名を馳せれば、馳せるほど、以前にも増して、モテないのである。私は、ようやく気がついた。なぜ、ドラァグクイーンと呼ばれるのか? それは、ゲームだからである。つまり、トランプの「大富豪」なのだ。ホモ・カースト、ホモ・ヒエラルキーの最下層であった、モテない、ブスなホモが、女装で一発逆転。一躍、大富豪となり、クイーンの称号を得るのだ。ところが、このゲーム、クイーンの上にキングがいる。キング、つまりイケメンが登場すれば、ゲームセット。それ以後の恋と色気の駆け引きには、お払い箱にされるのである。
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Joey Arias(Photo by Krys Fox)は、ビリー・ホリデーとチャネリング出来るクイーンだ。ただの歌真似ではないのである! 日本に来たときに、一緒に遊んだなぁ。懐かし。
ホモの注目を集めたいが為に始めた、ドラァグクイーン。そのおかげで、ホモとして最も大切なモテやイケを失った。本末転倒とは、このことだ。それでも、間違った方向に暴走している人間というのは、はたで見ていて、面白い。哀れを通り超えて、楽しくなってくるものだ。おかげで、この年老いた、モテない女装を面白がってくれる悪趣味なイベントも引きも切らない。お正月には松飾り。七夕には笹を飾って、新装開店には招き猫。神棚祀って、お札を貼って……。そんな感じである。とりあえず、呼んどくか。バチは当たらんだろ。そんなつもりで、声をかけていただいている。ありがたや、ありがたや。
そんなわけで、最近の、「ドラァグもしたい、ゴーゴーもやりたい」という、若者の気持ちが分からない。見れば、スッピンでも、なかなかのイケメンだったりするのである。それでいて、女装までしたいと言う。欲張りを通り超えて、ただのバカなんじゃないかと思う。お前ら、何かを手放さなければ、何かを手に入れることは出来ないのだぞ。年寄りの悪い癖で、ついつい説教したくもなる。クラブ不況の最中。これから、ドラァグクイーンを志したいという若者にひと言。「モテないホモほど、良いクイーンになる」肝に銘じておいて欲しい。
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さて、もう一冊。これは、もう倒産してしまった美術系出版社の「京都書院」が、1999年に出版した、『CLUB FLYER』である。クラブブームが最高潮であった90年代後半から90年代末までのクラブのイベント・フライヤー(チラシ)を集めたものだ。デザインの資料として、また、当時の風俗を知る貴重な資料となる。
「YELLOW」「MISSION」「CODE」「MO」「HARLEM」……ほとんどは、今は無くなってしまったハコばかりだが、19店舗で開催されたイベントのフライヤーが集められている。
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1998年、新宿「LIQUID ROOM」で開催された「THE PRIVATE PARTY」のフライヤー。当時、最大規模のメンオンリー・パーティだった。オーガナイザーは、加藤幸宏氏。
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1996年、麻布「YELLOW」で開催された「ザ・美容師ナイツ」のフライヤー。毎回、連載のマンガ仕立てになっていたのが、オシャレだった。オーガナイザーは、関根クリス氏。
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1998年、新宿「CODE」で開催された「TOKYO DEVILS NIGHT」「NU-DISKO」「PASSION」のフライヤー。DJに、中村直、木村コウ、GOMI、SHINKAWA、TAKE、YO-Cの名前が見える。
パラッとページをめくると、ゲイ・パーティや、ゲイが主催するパーティ、もしくはゲイDJをメインに据えたパーティのフライヤーが数多く収録されている。あぁ、懐かしい! このパーティに出演したな。これ、行きたかったイベントだ!! さまざまな思いがわき起こる。90年代のクラブシーンが、いかにゲイ・シーンと連動していたかの証左の一冊である。
この本の中から、思い出深いフライヤーを紹介しよう。
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1997年、渋谷「club ASIA」で開催された「Strange Love」のフライヤー。モデル(右)は、オナン・スペルマーメイド(現役)。
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1997年、六本木「MISSION」で開催された「Blend」のフライヤー。モデル(右)は、ホッシー(現役)。
フライヤーとは、Flyer もしくは、Flierと綴る。ばらまかれて、散って無くなっていく。飛んで消え去るような存在だ。まるで、時といっしょだ。あっという間に過ぎ去って、無くなってしまう。それでも、当時から活躍していて、いまなお現役のクイーン達の写ったフライヤーもあった。ホッシーに、オナン。そして、マーガレットだ。なんだか、気恥ずかしいが。でも、やっぱり、「モテないホモほど、良いクイーンになる」って、ホントだろ。その証左の一冊でもあるのだ(笑)。
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dr.a.g.』(Tectum Publishers/2012年 発行/ISBN978-94-61580-29-0)
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京都書院アーツコレクション241『CLUB FLYER』(京都書院/1999年 発行/ISBN4-7636-1741-9)

 

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