第62回 ハッテンバで会ったウロコ男と、『復刊 薔薇族』。いや、ホント、申し訳ないことをした。

いやぁ、本当に申し訳ないことをした。長く生きてくると、そう思うこともしばしばである。自分でも気づかないうちに、人を傷つけてしまうことも多い。私には、忘れられない記憶がある。

20世紀末からミレニアムを迎えようとしていた頃、といっても、わずか15年しか経っていないが……。世は、いわゆる「ヤリ部屋」系のハッテンバが花盛りであった。当時、私は、新宿・小滝橋通りからちょいと奥まったところに住んでいた。小滝橋通りといえば、ヤリ部屋が林立していたことで有名で、そこまで歩いても、10分もかからぬ好立地であった。気が向けば、すぐに行ける。思い立ったら、30分でチンコがくわえられる。そんな夢のような環境であったわけだ。
いつでも行ける気安さから、私が通ったのは、平日の深夜や早朝が多かった。もちろん、週末や、仕事帰りから終電時間までのゴールデンタイムに比べれば、来ている人はぐっと少なかったが、そんな変な時間帯にハッテンしに来ているような人間は(自分も含め)、やはりヘンテコな奴が多く、なかなか味わいが深かったのである。お気に入りは、大手チェーンの「D」グループのひとつで、ここは、特にひどかった(笑)。
いつものように、平日深夜、ふらりと出かけた「D」。案の定、人は少ない。果報は寝て待てと、ひと一人がようやく横になれるような狭い個室風のスペースを陣取る。ここは、他の部屋に比べて、一段と暗く、ほとんどなにも見えない。私は、うつらうつら。次第に、本格的に寝入ってしまった。すると、誰かが部屋に入ってきた。その人物、私を跨ぐようにして、覆いかぶさってきたのである。たとえ眠っていても、殿方に乗っかられると、つい、手を回して抱きしめちゃうのは、身についた悲しい習性(笑)。
その瞬間、寝ぼけた頭に「?」マークが……。おかしい。変なのである。触感が。それは、人間のものとは思えなかった。背中全体がひび割れて、ゴツゴツ、ガサガサしていたのである。まるで、ウロコに蔽われているよう。なんじゃい? 寝ぼけた頭の中に、半魚人に犯されている自分の姿が浮かんだ瞬間、私は、思わず、その人を蹴り飛ばしていた。だって、ビックリしたんだもん。その人は、そのまま部屋から出て行って、その後、会うことはなかった。

夢か? うつつか? 幻か? 覚醒した私は、真っ暗な小部屋で一人、今しがたの出来事を考えていた。いや、彼は、重度のアトピーだったのかもしれない。もしかしたら、魚鱗症なのかもしれない。いずれにせよ、申し訳ないことをしたと思った。いくらなんでも、蹴り飛ばすのは、失礼であった。でも、私も寝ぼけていたので、驚いてしまったのだ。私の心ない仕打ちに、傷ついていないだろうか。いまでも、気になっている。
そもそも、私は、アトピー好きなのである。こんなことを書くと、不謹慎に思われるかもしれないが、アトピーフェチなのである。私は、カサッと乾いた首筋を見かけると、思わず舐めてみたくなる癖がある。このフェチは昔からで、なにしろ、中学校の同級生だったM崎くんが、アトピーで、おまけに喘息持ちで、苦しそうに咳き込んでいる首筋を眺めては、いつもゾクゾクしていたのだ。
さっきの半魚人。もとい、先ほどの彼。もしかしたら、あれだけの重度の皮膚疾患があれば、セックスの相手を見つけるのも苦労していたのではないだろうか。だから、平日深夜の、場末のハッテンバで、しかも、真っ暗な部屋で寝待ちをしているような男、つまり、「誰でもいいです。やって下さい」サインを出している私のような人間にアプローチをかけたのではないか。そう思うと、私の取った仕打ちが、なおさらに申し訳ない。まんざら嫌いなわけではないのだから、寝ぼけていないときに、来て欲しかった。そうしたら、興味津々。根掘り葉掘り。意気投合したら、掘ったり、掘られたり(笑)。だって、チンコまで鱗状になってたら、それ、入れたら、気持ちいいかもしれないじゃん!

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ハッテンバには、いろんな人がいる。それが面白い。ま、自分に実害がなければ、の話だが(笑)。今回紹介するのは、そんなハッテンバでの悲喜こもごもの一コマを、コミックエッセイに仕立てた、大黒堂ミロ『シリーズ感動実話 第2話 裏・街道を行く』である。掲載されたのは、2004年にひとたび休刊し、2005年に復刊を果たした『薔薇族』の、復刊第2号である。

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右下の男が、ミロ氏につきまとった男である。

ある日。待ち合わせまでの時間を持てあましたミロ氏は、仮眠を取るため、某ハッテンサウナへ。入館早々、ある男につきまとわれる。洗面台で歯を磨いていると、その男が話しかけてきた。

なんで歯を磨くの? 僕はイナカ者だから いつもゴエモン風呂で育ってきたんです 毎回マキで炊くから 遊びのたびに洗うって分からなくて ──

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「指だけ…」と懇願する男に、ついに、ミロ氏は、指を舐めることを許してしまう。

変わった人や事件があると釘付けになってしまうのが私の悲しいサガ」と語るミロ氏。コミックのネタにしようと、喫煙所で「一方的な超電波系トーク」を聞くこと1時間。こういうの、まんざら嫌いなわけではないはずのミロ氏も、初動を間違えたようである。「キ◯◯○?」「キ…… 本物や」と気づいたときには、もう遅い。振り切れどもつきまとってくる男に、ついに業を煮やして、訴える。

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男は、とどまるところを知らない。そして、ついに……。

某ホモサウナ様 これって 出入り禁止にならないのですか? 迷惑とかじゃなくて、    (注 伏せ字)と思われますが…

このエピソードが示唆する問題は、実は、大きい。まず、知的障害を持つゲイという事実である。これまで、彼らは、ゲイのコミュニティにおいて顧みられることのなかった存在ではないだろうか。少なからずとも、これまで私の見知っているゲイのメディアに、彼らについての記述はなかった。この点で、ミロ氏のこの記事は、画期的だと思うのである。
多様性がどうの、ダイバーシティがなんちゃら。さんざん聞かされるが、その実、ゲイ・コミュニティというのは、とても同質性が高い。おまけに、排他性も強い。そもそもが、セクシュアリティを前提に組み上げたアイデンティティなので、性的な対象となりうることが、コミュニティ参入の必須条件であるからだ。それでも、どんなタイプであっても、それなりの需要がある、懐の深い一面もある。ところが、セックスすること自体を阻害されているゲイについては、まったく無視されているのが現状だ。これからのコミュニティの課題かもしれない。そんなことに思いを巡らせたエピソードである。

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「復刊記念特別企画」として、大々的に掲載された『美の伝道師・美輪明宏ロングインタビュー』。

さて、『復刊 薔薇族』である。『薔薇族』は、編集長であった伊藤文學氏が、自分の会社である「第二書房」から発行していたが、売り上げ不振により、2004年に休刊。2005年に、発行元が「メディアソフト」社に変わり、復刊を果たしたのである。伊藤氏が編集長を続投したが、早くも復刊第1号で、新しいスタッフとの間に齟齬が生まれていたようである。彼が考えた特集タイトルを、新しいスタッフが変えてしまったことを、第2号で「新しいスタッフの人たちは『ゲイとアートの不可分な関係』なんていう分かったような、分からないようなタイトルに変えてしまった」と愚痴っている。どんなタイトルが正解だったのかは、双方の意見があるだろう。問題なのは、それを平然と誌面に書いてしまったことではないか。波瀾万丈の出発の『復刊 薔薇族』は、一読者から見ていても、足並みが揃っていないことが分かった。どこへ向かっていこうとしているのか、迷走を続け、あえなく8冊で、再び休刊の憂き目となる。

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特集は、亡くなったばかりであった木村べん氏を追悼。

あえなく散った『復刊 薔薇族』であるが、その中で、最も目を引いたのは、写真家としての櫻田宗久氏の起用である。カメラマンとなって間もないため、決して“上手”な写真ではない(申し訳ない!)。が、良いのだ。
どこが良いかと問われれば、ホモが、目の前に裸の男の子がいて、好きに見てもいいと言われたら、きっとこう見るだろうな、という視線なのだ。犯すような目、支配するような目。その初源的で、欲望の強さを感じさせる視線が良いのである。昨今の、スタイルばかりとなったメールヌードフォトの中で、彼の作品が新鮮に目に映った理由である。

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櫻田宗久『wet dream vol.1 青い鳥』より。モデル/草凪留衣。

『薔薇族』は、その後、2代目編集長となった竜超氏が、いまもなお、発行を続けている。が、ほとんど同人誌である。

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『復刊 薔薇族』第2号 2005年5月号(メディアソフト/2005年 発行)

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超竜氏が2代目編集長を就任して手がけた、通巻400号目となった『薔薇族』(野ばら浪漫舎/2011年 発行/500円)

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