第43号 レズビアンの未来はレズビアンが切り開く~coLLabo、人権申し立て、そして世田谷~「90年代世代の同窓会」⑪

 

 ●28歳でレズビアンコミュニティに関わったころ

90年代世代の同窓会、今回は世田谷区で仲間とともにレズビアンと多様な女性のためのコミュニティ、NPO法人レインボーコミュニティcoLLabo(コラボ)を運営する鳩貝啓美さん(49)にお話をうかがいました。広い東京ですが、coLLaboのような女性のためのグループは意外に少なく、それだけに貴重な活動です。

「私がコミュニティと言われる場所へ出てきたのは1993年ごろ。おなじ世代のレズビアンの人に話を聞いてもらったり、ピアサポートな関係は自分を受け入れるのにものすごく力になりました。レズビアンとして目に見える存在はとても少ない時代、出会えたことがすごく嬉しかった。でも、そんなレズビアンたちが、いつしか異性愛社会に取り込まれて結婚して消えていく。年上世代のレズビアンが、やがてほとんどいなくなるんです。私はあとから来る女の子たちのためにも、レズビアンという存在がいるよという思いで「出続けたい、居続けたい」と思ってきました」
「レズビアンにはアダルトビデオのイメージしかない時代に、都内で日常的に集まれる場が少なかった。二丁目や夜のクラブ以外で日中に行ける場所をつくりたかった、そして昼間生きているレズビアンのロールモデルがほしいと思っていました」

自分たちのセクシュアリティに自信をもち、それを開示しても生きていきやすい社会を作る。そんな思いをもって2009年にcoLLabo立ち上げ、11年にはNPO法人に。レズビアンと多様な女性たちをコンセプトに、女性が安心して集まれる場を大切にしています。
「パレードなど性的マイノリティ全体でアクションしていくことも大切だけど、レズビアンとゲイだけでも社会的にも経済的にも差異はあるし、やはり女性同士で安心して集まれる場は必要。さらに、出会うレズビアンたちの素敵さに触れ、これだけいろいろな背景や経験、専門性をもった人たちが集まれば、ひとりではできなくても、力を合わせたらいろんなことができるはず。レズビアンの未来はレズビアンが切り開こうーーcoLLaboにはそんな思いもこめています」

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そんな鳩貝さんは、レズビアンである自分をどう受け入れてきたのでしょう。
「千葉の田舎の出身で、幼いときから自分が女性が好きなことは気づいていたけど、本に書いてあるとおり思春期の一時的な感情だと思おうとしましたね。高校生ごろは、やばい、(男性と)恋愛しなくちゃと思ったけど、好きになるのは女性ばかり。大学時代にはじめて女性とつきあったけど、まだ同性愛を前向きにとらえることができない自分だから、関係もぶち壊すようにして破局。本を見れば「異常性愛」と書いてある時代、そうした記述に傷つき、人には言えない、治そうという気持ちをずっと持ち続けていました」

そんななか、28歳のときにはじめてコミュニティに参加することになります。
「自分に疲れはて、仕事にも行き詰まりを感じて、そのころ人生を考え直しました。自分を突き詰めてみると、やはりセクシュアリティの問題がネックだと気づいて、「ああ、やっぱりココかあぁ」って(苦笑)。そのころ社会に少しずつ情報が増えてきてたのが幸いでしたね。別冊宝島の『女を愛する女たちの物語』(1987)、掛札悠子さんの『「レズビアン」である、ということ』(1992)、アカー編『ゲイ・リポート』(1992)を見つけて読み、あとテレビの深夜放送でゲイのバラエティ番組がありましたね。少しポジティブな情報が増えて、やっと電話相談に電話をし、その団体を訪ねることができました。悩みが深いほうだったけど、出てこれただけよかった」

いまあげた3冊は、90年代に若者期を送った人たちの多くが挙げるのではないでしょうか。ご感想はどうだったでしょう。
「『女を愛する』は世代が少し上の、ウーマンリブ世代女性の編集だったからかな、少し古い本の印象をもった記憶がありますーー数年まえの出版なのに。もちろん私のフォビアが大きすぎて理解できなかったのかもしれないけど、載っていた団体に連絡することもできなかった。掛札さんの本は、レズビアンは性的消費の対象ではない、私はあえて自分をレズビアンと名乗る、というようなことをおっしゃっていたのは「すごくわかる~」という感じで、元気をもらいました。いまの子は迷いながらでもネットの情報を頼りにコミュニティと言われる場に出てこれるのかもしれないけど、当時の私は本などでよく「学習」して自分の気持ちを固め、「そうだ、私はレズビアンなんだ、だからみんなに会いに行こう」と(笑)」

当時はみんな重装備でコミュニティに出てきたのでしょう。私にも思い当たるフシがないわけではありません(苦笑)。
鳩貝さんはそれまでの仕事からもっとセクシュアリティに近い仕事がしたい、と大学院へ進学し、心理にかかわる仕事に就きます。「自分も苦労しただけに、おなじように苦労した人を応援する仕事をしたかった。仕事は収入を得るためのもの、セクシュアリティのことは個人でやればいい、そう割り切ることがヘタな世代なのかもしれませんねえ」と苦笑しますが、仕事でのスキルや知見は現在のcoLLaboの活動にも生きているようです。

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 ●結婚という選択肢がないことを社会に問題提起

先日、日弁連へ同性婚を求める人権救済申立てが行なわれましたが、鳩貝さんもパートナーの河智志乃さんとともに、申立人に参加しています。毎日新聞の取材にも、顔と名前を出して応じていました。今回、鳩貝さんにインタビューを申し込んだのは、この点についてもお話を聞いてみたかったからです。

「こうした(人権救済申立ての)動きがあることを、以前の活動でもお世話になった女性弁護士のかたから教えてもらいました。最初はどれぐらい集まるかわからなかったので、私たちのような動ける人間がまず動こうと申立人に参加したけど、最終的にあんなにたくさんの人が申立人になってくれて感激ですよね」

女性二人のパートナーシップの法的保障について、もともと関心が強かったのでしょうか?
「うちはパートナーが人生設計にとても前向きなスタンスの人で、市役所の法律相談で相談したり、自筆の遺言状を作るなど、できる範囲で手を打ったりはしていましたーー私は出たとこ勝負のタイプなんですけど(苦笑)。でも、私たちがこうして準備してきたことは、婚姻制度があれば解決する面もあるんですよね。同性二人の場合には婚姻制度がない、選択肢がないことを社会に問題提起することには共感できました」
「婚姻制度がないことで二人が実際になにか困ったかというと、まだそこまでのことはないのだけど、それに備えていろいろ準備をしようとすると、ものすごく大変だということは身に沁みてわかりました。たとえば、市役所の法律相談で、パートナーへ財産が渡る遺言について相談をしたら、相談員の弁護士に、なぜ親族へ渡さないのかと説教されたり(苦笑)。彼には同性二人の関係は(親族に比べれば)取るに足らない、あるいは想定外だったのかもしれませんね」

社会自体に、同性二人のパートナーシップについてまったく認知がありません。
「私たちは家族には段階を追って話をし、理解を得てきました。私たちがどんな手を打っていても、家族の理解を得ておかないと、いざというとき覆される場合もあります。第一、親族に受容されれば肯定感もあるし、理解してくれた親たちとあとの人生を大事に向き合っていこうという気持ちがあります。私は30ぐらいでカムアウトするまでは、いわば親に本当の姿を見せてないわけで、その後、親子関係を紡ぎ直してきたといえますね」

ところで、おなじ90年代世代として私たちはフェミニズムの影響もあり、戸籍制度や夫婦同氏のことをはじめ「結婚万歳!」とはそう単純に言いたくない面もあります。その点、鳩貝さんはどうなのでしょう。
「たしかにcoLLaboをはじめたころは、活動のテーマとしてもパートナーシップについて取り上げるのに、少しためらいがありましたね。coLLaboに来る人のなかには、シングルのレズビアンもいれば、とくにパートナーを求めない人もいます。一方向で固まるのではなく、多様なレズビアンや女性が集まれる場にしたいのに、分断を招いてはいけない。あるいは今回の人権申立てに共鳴してくれた人は多いけど、これがもとで内部で意見が割れることがあったり、外部からもcoLLaboが特定の方向性だけで見られることがあってはよくない、と」
「私自身はそんなにフェミニズムをまとめて勉強したわけではないけど、たしかに既存の婚姻制度を強化するような動きに安易に乗っかってはいけないという気はありました。でも、これだけ社会に強固にあるもの(婚姻制度)を解体したり違う制度を一から作り直すことにエネルギーを費やすよりも、私たちの人生もあと何年あるかわからないところで、いまできるところからやっていかないと、いっぱい議論はしたけどなにも変わらなかったね、は嫌だなと思っています。声を上げるのは当事者の役目かな、と」

かくいう私も、永遠の理想より現実の一歩を選んで、いまは同性婚に一票を入れているものです。ウェディングやその感動というより、私たちも冠婚葬祭、生老病死、地味でもあたりまえの生活者として一生を送りたいということにつきるでしょうか。たまたま出てきたつぎの発言は、心に沁みました。
「ウェディングをやれる選択肢ができたのはよかった。私たちの世代は憧れるもなにも、結婚式ができるとさえ思わなかったし」
「ただ、私たちは始めることの儀式より続けることのほうが大切かなと思うタイプ。結婚式ではなかったけど、ホテルの結納プランを使って双方の親とちゃんと顔合わせする場を持ったり、その後も弟の結婚式に二人で出席して、それを機会に親戚にも知ってもらったりということを重ねてきました。むしろ私たちがやりたいのは、25年の銀婚式。そのときはみんなに祝ってもらいたいし、ご祝儀払ったヘテロからも取り返そうと(笑)」
長いだけがすべてとは言わないけれど、同性二人の銀婚式や金婚式もあたりまえにある時代、それもまた楽しからずやと思う私です。

 ここで一息、バイオリンの小品「金婚式」をお楽しみください(笑)

 なお、じつはいま出た「結納プラン」の話、めちゃくちゃ面白かったので、回を改めて記事としてご紹介したいと思っています。ご期待ください!
 ●将来は世田谷に住み、世田谷を強くしていきたいcoLLaboは世田谷区、二子玉川にありますが、世田谷区議の上川あやさんとも連携・協力して活動することもあるそうです。
「区内にある唯一のいわゆるLGBT当事者団体として、彼女の活動にもいろいろ期待しています。保坂区長へ同性カップルたちが要望書を提出しに行ったときにも、coLLaboから3人のメンバーが参加しました。渋谷区のような条例による証明発行もあれば、他の区では職員に研修を始めたところもあります。世田谷区は区長も前向きのようですし、なんらかの動きができるといいですよね。区の男女共同参画センター(らぷらす)でも秋から性的マイノリティ講座を進めるようです」

まだまだ老後という年でもないでしょうが、生活者としてのレズビアン、性的マイノリティとして、いまどんなことを思われるでしょうか。
「あまり世田谷区を意識してこなかったけど、ここで事務所をかまえているからには、ここが性的マイノリティに理解のある、住みやすい場所になってほしいですね。私たちも現在は他地域に住んでいるけれど、いずれは世田谷に居を移したいと思っています。いまの居住地域では、隣家には一緒に住んでいるという挨拶はしているけど、レズビアンだということへの理解はむずかしいだろうし、地域で当事者として顔出ししていくのにもリスクを感じます。やはり都会じゃないと生きられないというのは悲しいけれど、田舎でもどこでもレズビアンが安心して暮らしていけるには、もう少し時間がかかるかもしれません。いまは世田谷に住まいながら世田谷を強くしていくように頑張れたらと思っています。活動と生活の場を一致させて、地域コミュニティに根ざした活動をしたい、年をとって孤立することのないように」

《お知らせ》
今週の日曜はパープル・ハンズのLP研 例会。「セクマイ向け老人ホームを作る為に私達ができた事、これからする事」と題し関西のグループの中間報告です。老後の孤立回避と支えあい、企業の役割の可能性は? 8/2、新宿akta、500円(会員無料)。詳細はこちら。どうぞお出かけください!

 

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