第72回 戦争と「屹立」したチンコの思い出。波賀九郎写真集『男組』

 

8月15日がやって来る。もちろん、終戦記念日である。今年は、戦後70年目の節目であり、また、日本の安全保障に関する重大な変化が起こっている。このタイミングで、ホモ界隈で何が起きているかというと……「Military Ball」である(笑)。
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「Military Ball 〜 男達の雄舞会」 日時/2015年8月15日 21時〜、会場/新宿二丁目・ArcH、料金/3500円1ドリンク付き。詳細は、http://aliving.net/schedule_detail.php?date=2015-08-15
8月15日。まさに、その日。新宿二丁目の「ArcH」で開催される「男達の雄舞会」で、「馴染みのカモフラ柄をアクセントに音に酔いしれ男達と戯れ、わちゃわちゃしようというイベントが開催される。よりによって、というか。なにも、この日に。と、思わないでもない(笑)。
しかも、フライヤーのメインビジュアルが、米軍が硫黄島制圧のしるしに星条旗を掲げた、その瞬間を撮影した有名な報道写真、ジョー・ローゼンタールの『硫黄島の星条旗をパロディにしている。人気のゴーゴーボーイたちが、星条旗ならぬレインボーフラッグを山の頂に突きたてている場面が再現されているのだ。これを見た瞬間、「わちゃわちゃ」どころか、頭クラクラ。腰は砕けて、ヘナヘナであった。ホモのお気楽さ、というか。脳天気さ、というか。節操の無さ、というか。平和ボケならぬ、色ボケである(笑)。
なんでもかんでも、エロに結びつけられる能力。性的興奮がなによりも優先される文化。それは、いわば、ホモの持つ特性である……とでも考えなければ、私の頭の中の「わちゃわちゃ」を理解出来なかった。一方で、この、あまりの政治意識の欠如に、一部のホモからは非難の声が上がっていないわけでもない。でもねぇ、これこそが「ホモ力」ではないのかとも、私は思うのである。
思春期の頃に読んだ『薔薇族』で、戦時中のホモ体験や、戦争を舞台にしたエロ小説が数多く掲載されていたのに驚いたことを思い出した。当時はまだ、戦中派の方々がご存命で、青春期の思い出を綴ったものか。また、そうした読み物が人気が高かったのも事実だろう。戦争を知らない世代の私にとっては、まったくピンと来なかった。だいたい、なにも辛かった戦時中の話なんか、いまさらしなくったって。ましてや、ホモエロ本で……と思っていたのだ。
でも、いまから思うと、それこそがホモの底力、「ホモ力」だったのだ。戦争という辛い経験も、悲しさも、憤りも、悲惨さも。それらにエロというフィルターをかけて、フィクションとして楽しんでしまおうとする力。無化しようとする作用。そうした置き換えによって、自らを癒してきたのではないか、とも考えられる。そうでもしなければ、悲惨な戦争の体験を乗り越えてこられなかったのだと考えると、切なさにふるえる。
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老人は、「屹立」と言った。屹立したチンコと言ったのか、屹立したペニスだったのか、屹立した男根と言ったのか。もう忘れてしまったが、その老人は、確かに「屹立」という形容詞を使った。その老人とは、写真家の波賀九郎氏である。
波賀九郎氏は、ホモエロティークな男性ヌード写真を撮った写真家として草分け的な存在であった。『薔薇族』や『さぶ』など、ホモ雑誌で活躍する一方で、自ら、「梵アソシエーション」という会社を主宰し、数多くの写真集や、後に、ビデオ作品も発表している。
私は、1996年、『G-MEN』誌のために、氏にインタビューをしたことがある。「屹立」という単語は、その時に、氏から聞いたものである。記憶も曖昧になってきているが、次の様な話をうかがった。
戦時中に空襲を受け、防空壕に飛び込んだ時のことだ。一緒に逃げ込んだ少年兵が、狭い壕の中でぴったりと氏に寄り添っていた。じっと爆撃が過ぎ去るのを待っていると、ふと、少年兵が股間を膨らませているのに気づいたという。「屹立」していた、という。そこで氏と少年兵にの間に何が行われたかは聞かなかったが、それ以来、氏は「屹立」したチンコにこだわるようになったそうだ。お国のためにと兵隊に駆り出される、不条理。爆撃され死ぬかも知れないという極限の状況で、勃起してしまう不条理。それが、氏の心に強い印象を残した。氏は、「屹立」したチンコに、生き延びたいという少年兵の意志を感じたと語った。「屹立」したチンコは、生命力の象徴だと語ったのである。戦争が終わり、以来、氏は、「屹立」したチンコを撮影することに情熱をかたむけるようになったという。また、氏は、「屹立」した男根を型取ったチン型コレクションにも情熱をかたむけていたという。いい話である。
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BON No.12 波賀九郎写真集『男組』より、T君(28歳 会社員 168X62)。
波賀九郎氏は、多作である。数多くの男達を撮っている。彼の代表作を見ていると、共通するのは、細身の筋肉質の若者が多い。やんちゃな印象の、あんちゃんタイプ。バタ臭いハンサムよりは、日本的な顔立ちを好んでいたようだ。彼の好みのタイプだったのだろう。下着もフンドシを履かせている作品が多く、作風も日本的なテイストが多く見受けられる。
また、縄を使い若者を責めているSM風の作品も多い。これについて、インタビューで、自身でこう分析している。「戦争中に僕が手をつけたというか、触った男がわりと大勢死んでいて、それが基礎になっているから、やたらと男の子が苦しい立場に立っている姿を撮るのかもしれない」(1996年『G-MEN』10号より)
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BON No.8 波賀九郎写真集『虐』(梵アソシエーション/1978年 発行/2800円)
彼の表現には、やはり戦争の記憶がつきまとっていたのだ。痛ましい戦争の記憶が、創作の原動力であったのかもしれない。作家の荻崎正広氏は、「波賀の写真には、(略)「虐(ぎゃく)」が代表的だが、縛ったり、吊るしたり、踏んだりなど、モデルを時にこれでもかというくらい痛めつけるものも多い。そうすることであの苛烈な原風景を結果的に追体験しつつ、同時に自己をも罰しているのかと私は思う」(『荻崎正広World』ホームページ、『アートに欲情しよう!』より)と、分析している。
まさに「ホモ力」である。たとえエロ写真であっても、そこには戦争への深い思いが繋がっている。後悔がある。反省がある。悲しみがある。怒りがある。私たちは、彼の作品を見て、おのれのチンコを「屹立」させるだけでなく、そこに込められた写真家波賀九郎の思いを読み解かなければいけないだろう。
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BON No.12 波賀九郎写真集『男組』より、M君(20歳 大工 170X63)。
さて、今回紹介するのは、1980年、波賀九郎氏が「梵アソシエーション」から発行した『男組』である。『BON』というシリーズでリリースされた、12冊目の写真集だ。9名のモデルが登場する。表紙となったM君(20歳 大工 170X63)は、氏のお気に入りであったのだろうか。ずいぶんと多くのページを割いて紹介されている。しかも、カバーの折り返し部分には、モノクロ写真に手彩色を施した作品まである。巻末に収録されている『撮影記』が面白い。モデルの来歴や撮影の裏話が書かれている。たとえば、こんな具合である。
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同じく、M君。モノクロ写真に手彩色されたもの。
 ある知人に私の写真集「裸姿番外地」を見せたら、「この村にも元気な若者がいるから一度会ってみたら」ということで紹介されたのが、このモデルM君、20才で、職業は大工さん。場所は関西の山深い田舎とだけしておこう。
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 普段からこんなに無口なのか、でもときたまキラッと鋭い眼光をきらめかせるあたり、野性味じゅうぶんなこのM君の風貌が私はおおいに気に入った。そこで早速ロケに出かける。
(略)
彼には褌をしめるよう指示したが経験がないので締め方を知らない。私が手をかしてグイと締めあげると、彼は極度の緊張感を無理に押し殺している面持ちであったが、いさゝかも拒絶反応はない。
(略)
ましてや何故裸を写真に撮られるのか解らないのが当たり前であろう。私の考えている男の美学とかエロスについては、あくまでも私個人の感性であって、他人に押しつけることはできない。人間としての、写真家としての私を信頼しきって、ただ求められるまゝにポーズしてくれる、その素直さが、外形の美しさをはるかに凌ぐ素晴らしさ、美しさを出すもので、私にとって終生忘れ得ぬ写真が出来上がるのである。
(『男組』、『撮影記』より)
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BON No.12 波賀九郎写真集『男組』より、S君(23歳 調理師 173X68)。
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BON No.12 波賀九郎写真集『男組』より、Ο君(26歳 農業兼会社員 174X68)。
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BON No.12 波賀九郎写真集『男組』より、F君(22歳 会社員 168X66)。
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BON No.12 波賀九郎写真集『男組』より、アキちゃん(19歳 会社員 172X67)。
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BON No.12 波賀九郎写真集『男組』より、Y君(20歳 農業兼会社員 180X75)。
この時期になると、戦争体験を語り継ぐ催しが行われる。やはり、その時代を生きてきた方々の話は、胸を打つ。言葉に、気迫がある。『G-MEN』インタビュー時、波賀九郎氏は、76歳であった。それから6年後。氏は、逝去された。ああ、あの時、もっと話を聞いておけば良かったと後悔する。私たちが知らない時代を生きた人が、またひとり、いなくなったのだ。私たちと歴史を繫ぐ糸が、また一本、途切れてしまったのだ。残された私に出来ることは、そうした歴史の記憶を語り伝えていくことかもしれない。私にしかできない「ホモ力」で。終戦記念日を前に、私は、そう思う。
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BON No.12 波賀九郎写真集『男組』(梵アソシエーション/1980年 発行/4000円)
そんなわけでね。私の残り少ない人生は、先人たちの生きた時代のことを語り伝えていくことに努力することにした。その活動の一環として、30年ぶりに店子をやることにした(笑)。昔のホモの話を肴に飲んでもらおうと考えている。古き良き二丁目のゲイバーの感じでね。毎週木曜日、「Royal Family」というミックスのお店。来てね!
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「Royal Family」 住所/東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル2F、電話/03-6457-7331、ホームページ/http://www.royal-family.org/

 

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