第5回 父親について

 Comment  コラム   となりのさつきぽん              

 

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先日、テレビ番組のロケで父親と二人で話をしてきた。

幼い頃の家庭事情が複雑なため、父親と一緒に住んだ事が無く、しかも二人っきりで話をした事も、数える程度しか無い。

年に一度会うか会わないか程度の関係で、転機が訪れたのは性別適合手術の時。

そもそも私は父親へのカミングアウトも、かなりサッパリ済ませている。ホルモン投与を受けて数年経ち、体のほとんどが女性になった頃。髪の毛はショートカットの女の子くらいの長さで、薄くファンデだけ塗り、デニムにパーカーという、何とも中途半端な時期だった。見る人が見れば女子バレー部員のよう。何かの用事で食事をすることになったのだが、今思えばそんな姿でよく平然と自分の父親に会っていたなと思う。身体と環境の変化に心が追いついていなくて、人生投げやりになっていたのかもしれない。それにほとんど会うことがない父親にどんな姿で会ったら良いのかもよく分からなくなっていた。

何かを察した父親の方から帰り道の車中で「お前は女になりたいのか?」と尋ねられ、嘘を付くのも嫌だと感じ「うん」と一言だけ返事をした。もし大激怒をされて親子の縁を切るくらいに言われても、別にいいやとその時は考えていた。父親の事が嫌いとか、好きとか、そういう次元では無く。自分の生き方の問題だった。反対された所で、もうどうにも戻れない所まで来てしまっている。しかし、しばらく間が空いた後に「そうか……」と答えた父親の顔は後ろめたくて見られなかった。あの時あの人は、一体どんな顔をしていたのだろう。

その時自分の中で初めて、好き勝手に生きてしまってごめんなさいという気持ちが生まれた。その後また数年間は父親と会う事も連絡を取る事も無く、私は毎日起こる色んな事に振り回されて過ごすことになる。性別適合手術を受ける際、多少の気まずさを感じながらもその旨を父親に伝えた。どう思われているのかよく分からなかったけれど、一応伝えておくのが子としての筋のような気がした。

手術が終わり、体力も精神力も限界まで擦り減った所で父親は登場した。まるで子供の頃に観たヒーロー映画みたいに、私は「本当に来てくれた」と思った。内心どこかで怒っているんじゃないかって。もしかしたら来ないんじゃないかって、実はずっと不安だった。本当は愛されていないんじゃないかって、弱い自分がいつも自身を馬鹿にしていた。でもそんなことはどうでもよくなってしまう程、父親の前でわんわん泣いた。あんなに泣いたのは子供の時以来だったと思う。

その後はまたしばらく会うことも無かったけれど、先日番組の企画で二人っきりで対談をする事になった。何だかまだ妙に会話の間合いがぎこちなかった。

きっと父親も、今まで自分の子にどうやって接したら良いか分からなかったんだと思う。会う事もあまり無かったから、当然かもしれない。ましてや子供の性別が変わるなんて、そうそう起こる事じゃない。

それでも父親が言ってくれた「何があっても、俺の子供であることに変わりはない」という言葉が嬉しかった。けれど何だかとても照れくさくなってしまって、思わず一瞬目を逸らした。

再び目線を戻すと、満面の笑みを浮かべた父親がいた。

父親の顔をちゃんと見たのは、久しぶりだった。あの時からずっと、見られなかった顔が、その日は笑っていた。

人生って何だろうかと、最近よく考える。幸せになるまで死ねるかと、それだけをエネルギーにして走ってきて、最近ようやく休憩することも覚えてきた。

ゆっくり歩くと、色んなものが見える。景色も、人の顔も。

今まで気が付かなかったような幸せだって、よく見える。


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 2015/08/31 10:30    Comment  コラム   となりのさつきぽん              
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