第28回 ファンタジーと現実のセックスは別物だ

 

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誰にでも胸に抱いたファンタジーがあるだろう。南国に移住してリゾート地に住みたいとか、お金持ちになって好き勝手したいとか、イケメンに囲まれて大乱交したいとか、様々だ。それが実現する様を想像すれば、胸がワクワクしたり、あそこがカチカチになったりする。しかし、それが現実となった時、求めていたものとは全然違っていたらどうする?

それがセックスの最中だった場合、もう気まずいったらありゃしない。セックスの直前まで「ずっとこれを試してみたかったんだ」と胸を躍らせていたのに、いざ始まってみると想像していたものとあまりに違いすぎて、吐き気を催すほど嫌悪している自分に気付く。我慢してまで続けたくはないので、素直に謝ってセックスを中断する。相手の恨めしそうな視線を背中に感じながら帰宅するしかない。頭の中で思い描いているときはあんなに欲しかったのに、どうして現実ではこんな反応になるのだろう。急に自分のことがわからなくなった。謎が解けまいまま、同じ過ちを何度も繰り返した。

振り返れば、今までしてきたセックスはすべて夢と現実の狭間で揺れていた。思春期の頃、寝ようと横になれば浮かぶのは数え切れないムラムラファンタジーの数々だった。想像するだけなら、誰にもバレることはなかった。ゲイだと受け入れられなかった頃の自分にとって、その空想の世界は安全な逃げ場だった。ところが、そこで想像していたセックスと実際のセックスは違っていた。そのギャップに納得ができなくて、セックスをする度その隙間を埋めようと必死になった。

リアルなセックスに満足ができないとき、インターネットポルノが逃げ場となった。クリック数回で無料のアダルトビデオを見れてしまう時代は素晴らしいが、恐ろしくもある。思春期の頃にこんなインスタントな環境に生きていたらちんこがもげていたかもしれない。そうとう特殊な性癖でなければ、長年夢に見ていたファンタジーだってすぐに見つかる。それに飽きればもっと過激なものを探せばいい。プロに飽きればアマチュア。実写に飽きればアニメやCG。ビジュアルに飽きれば活字。インターネットポルノはみんなのファンタジーの集大成だ。

エンターテインメントやオカズとして楽しむ分にはいいが、そんなファンタジーの塊を実際のセックスと間違えるととんでもないことになる。過激で楽しそうなポルノの中のプレイを実際に試して、気持ちいいと感じる人は少数派だろう。想像したり、目で見て楽しいものが、実際に楽しいとは限らない。それを割り切れずに、リアルなセックスにファンタジーを求めれば求めるほど、目の前にあるものがつまらなくなってしまう。

SMや調教プレイのベテランはこんな話をしてくれた。

「性奴隷志願の初心者の大半はポルノで見たものや自分で勝手に想像したものを期待して現れる。そんな甘いファンタジーは初めてのセッションで粉々に叩き潰すことにしている。余計な期待を捨てなければ、実際のプレイを楽しめないからね」

彼の言う通り、セックスとファンタジーはきっぱり別物だと分けるべきなのだろう。アダルトビデオから実際に使えそうなアイデアを借りるのは面白い。リアルなセックスがたまたまファンタジーとぴったり一致することもあるかもしれない。それはそれで楽しめばいい。しかし、それを期待しながらセックスすることはもう止めた。

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