第78回 もったいない! 決定的な過ちを犯した『東京グラフィティ』のLGBT特集。

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『アメリカングラフィティ』という映画がある。かのジョージ・ルーカスが監督し、彼の名を世界的に有名にした作品だ。私は、この映画で、「graffiti」という言葉を知った。ありふれた、どこにでもある、意味のないいたずら書きのたぐい。「落書き」のことだ。
舞台は、1962年の夏、カリフォルニア北部の郊外都市。高校を卒業し、ある者は大学へと旅立ち、ある者は地元にとどまる。離ればなれになる仲間達との別れの前夜。車でナンパ、ダンスパーティ、ヒット曲、喧嘩、恋人達の最後のデート……と、ありふれた若者たちの一夜の出来事を「グラフィティ」のように描いている。物語らしい物語はない。
エピソードのひとつに、心ときめかせて聴いていたラジオ番組のディスクジョッキーに会いに行くというシーンがある。彼にとって、ディスクジョッキーはヒーローであった。旅立つ前に、そのヒーローに会いたいと思ったのである。たどり着いたおんぼろな放送局にヒーローはいた。しかし、ヒーローは、アイスキャンディばかり舐めている、うだつの上がらない風体の男であった。憧れは絶望へと変わり、彼は、現実というものを知った。彼は、子供から、一歩、大人に近づいたのである。このエピソードが象徴するように、この映画は、ノスタルジーあふれる青春映画であり、少年の成長物語として高い評価を得ている。
ところが、映画の終わり、最後のシーンに映し出されるクレジットで、登場人物達の後日談が語られる。ある者は若くして交通事故で死に、またある者は保険外交員や、作家になっていた。その内の一人には、こう書かれていた。「ベトナム戦で行方不明」。この一文によって、この映画が、のんびりとした田舎町の、一夜の若者の姿を、落書きをするように描きながら、ベトナム戦後、混迷に突入していくアメリカという国を、ネガポジの関係で描いていたのだと気づかされる。キャッチフレーズの「1962年の夏、あなたはどこにいたのか?」に、深い意味が出てくるのだった。
『アメリカングラフィティ』が、「落書き」のような、一見、つまらない、ささいなエピソードを集めていくことで、ベトナム戦争への疑問や批判、アメリカという大国の揺らぎという大きなメッセージを語っていく手法に、私は衝撃を受けた。いまだに大好きな映画の一本である。
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DVD『アメリカングラフィティ』(ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン 販売)
話は変わって、『東京グラフィティ』という雑誌がある。ご存知だろうか。地方の人には、あまり知られていない雑誌かもしれない。その名の通り、「東京」をテーマにした雑誌だ。タレントや有名人ではなく、本当に東京に住んでいる人々を取り上げる雑誌だ。『東京グラフィティ』を発行する「グラフィティ」社の代表取締役 鈴木俊二氏が語るように、「セグメント化せず『同じ時代に東京にいる人』の羅列系アルバム」(Fashionsnap.com掲載されたインタビューよりを目指している雑誌なのである。原宿や銀座、巣鴨……など、各地でのファッションスナップのページや、デート中のカップルを撮ったアルバムのページもある。お宅探訪や、イケメン写真館のような企画もあり、なかなか面白い。ヘタなモデルやタレントではなく、一般人だからこそ、面白いのだ。暇つぶしには最適で、パラパラとページをめくりながら、「あら、この人、ひどい服!」とか「やだ、この男、イケる!」とか、マンウォッチングを楽しんでいる(笑)。
私が『東京グラフィティ』を気に入った理由が、もう一つあった。その昔、何の気はなく手にした号を眺めていると、同棲カップルのお宅拝見といった企画ページがあった。何組かのカップルが登場して、それぞれのライフスタイルを語っているのだが、その中のひと組がゲイカップルだったのである。ノンケカップルの中に、ただひと組。当たり前のように並んでいた。彼らが男同士であることを、ことさら取り上げている風もなかった。あくまでも「one of them」の扱いである。
それが良かった! 従来、このような企画であれば、同性愛者のカップルなど、まず取り上げられることはなかった。まるで、この世に存在していないかの如く、だ。もしくは、ことさらセンセーショナルに取り上げられるかだ。ま、いずれにせよ、同性愛を排除しようとする構造的な仕組みには変わりない。
ところが、『東京グラフィティ』は、そうではなかった。同性愛だからといって排除することもなく、そこにあるものを、そこにあるままに写し取っていた。これこそ、メディアの取るべき平等な態度であり、同性愛者が「one of them」で扱われたページは、まさしくダイバーシティを表現していたのだ。
それ以来、『東京グラフィティ』は、目の離せない雑誌となった。細かに見ていくと、結構な頻度で同性愛者達がまぎれ込んでいる(笑)。新宿二丁目で街角ファッションチェックのような企画もあった。「カップル特集」の号に知人が登場していたのには、笑った。ニューハーフとゲイのカップルとして紹介されていたのだが、明らかに偽装ヤラセであったからだ。出てくれるような適当なカップルが見つからなかったのだろうと、推察した。それでも、「カップル特集」の中に、ひと組でも、異性愛ではない、ヘンテコな組み合わせのカップルを登場させたいと考えた編集者の心意気に共感出来た。ま、嘘は良くないがな、嘘は(笑)。
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さて、そんな『東京グラフィティ』の最新号(2015年10月号)が、渋谷区の同性パートナーシップ条例を受けて、『LGBT COUPLES @渋谷』なる特集を組んだ。サブタイトルには「ゲイ、レズビアン……etc、いろんな愛のカタチ」とある。さっそく買って、読んでみた。全31ページにもおよぶ大特集で、さまざまな組み合わせのカップルが15組、登場。それぞれのプロフィールと、簡単なインタビューが掲載されている。見知った顔が何人も出てきて、笑った(笑)。
なかなか好印象の特集であった……のだが、それを根こそぎ台無しにするような箇所があり、私は頭を抱えてしまったのである。それは、各人のプロフィールである。誌面では、たとえば、次の様に書かれている。
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04 等身大の同い年ゲイカップル
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平山裕三(30)会社員
セクシュアリティ:ゲイ
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ゆうじ(30)会社員
セクシュアリティ:ゲイ
こんな感じである。このカップルの場合は、問題はない。ゲイ同士の仲の良さそうなカップルである。あまりに可愛いので、例として挙げさせてもらった(笑)。ところが、次の例には、大きな問題があるのだ。
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05 性別が逆転したFTM X MTFカップル
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辻瑞季(27)IT関係、DJ
セクシュアリティ:FTM
profile_左
アロム奈美江(34)ライター、ショーガール
セクシュアリティ:MTF
どこが問題か、お分かりだろうか? アロム奈美江(左)が、意外と歳を食っているのは、この際、問題ではない(笑)。問題なのは、「セクシュアリティ:FTM/MTF」という記述である。他のカップルも、ゲイやレズビアンについては問題ないが、LGBTの「T」、つまり、トランスジェンダーやトランスセクシャルの人達のセクシュアリティの記述についてである。そもそも、この特集記事においては、セクシュアリティは性指向(ゲイ/レズビアン……)を問うている。けれど、「T」に限っては、ジェンダーアイデンティティを記載しているからである。ジェンダーアイデンティティとは、自分の性が何者であるかを表すことだからだ。ごくごく簡単に言ってしまえば、自分が男か女か、それ以外かを示すことだ。ジェンダーアイデンティティは、恋愛や性愛の対象が何に向かっているのかを表す性指向(=セクシュアリティ)とは、まったく異なる概念なのである。
性別(ジェンダーアイデンティティ)が男/女であっても、その中に、同性愛者もいれば異性愛者も、それ以外の性指向を持つ者もいる。それなのに、この記事では「セクシュアリティ:FTM/MTF」と書いてしまったことで、「この人は男/女になったのだから(当然、異性愛で)女/男が好き(なはずの/であるべき)」という前提を露呈してしまった。この世の中には、FTMゲイや、MTFレズビアン……といった人達も存在しており、結果的に、彼らが無視され、排除されることになってしまうからだ。まったくもって、もったいない。
聞くところによると、この表記について疑問を呈した参加者もいたという。前述のアロム奈美江はツイッターでこう語っている。
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私は最初に「トランスヴェスタイトのゲイ」と表記してもらってたんだけど(笑)、見出しが強制的に「MTF」になってたので、読者の混乱を避けるためMTF統一に。
まだ今は、セクシュアリティとジェンダーの違いより分かりやすさ優先なのかな…
性指向(セクシュアルオリエンテーション)とジェンダーアイデンティティの関係については、当事者でさえ、混同して考えている人も多い。そもそも、わかりにくいものだ。編集側が、読者のわかりやすさを優先して考えたのも無理からぬことだ。しかし、元来、「わかりにくい」ものであるならば、「わかりにくい」ものとして語るのが、メディアとしての誠実さではないか? それを、「わかりやすい」ものとして語ってしまうのは、欺瞞である。そもそも、誰のための「わかりやすさ」なのだろうか? 男は女を好きになり、女は男を好きになる。そうあるはずで、そうあるべき、そう考える異性愛の人達にむけて「わかりやすく」してやる必要などないと思うのだが。
そもそも、LGBTの運動(そんなものがあればの話だが)が闘うべきは、「当然、異性愛で……」と考えてしまう、その前提こそだ。そのためには所謂、異性愛だけではない、複雑怪奇で、ややこしい、時に猥雑でいかがわしい、「わかりにくい」はずの性の有り様を、「わかりにくい」まま提示していくことが有効だと思うのだ。「わかりやすく」なんてしてやる必要はないぞ!

『東京グラフィティ』も、これまでの「one of them」での扱いではなく、初の大特集としてLGBTを扱ったものだから、肩に力が入りすぎてしまったのか。もし私だったら、海外のエロ動画サイトがやってる「I AM □MALE □FEMALE」「I LIKE □MALE □FEMALE」欄みたいに、「自分の性別」と「好きになる相手」の二つの欄を用意したかもな。たった1行足せば良かったのに……。いつも通りの平常心で編集してくれていたのなら、こんな失敗を犯さなかったろうと思うと、残念でしょうがない。再度、LGBT特集を組んで、雪辱を果たしていただきたい。

……とかなんとか、文句を言いながらも、『東京グラフィティ』は大好きな雑誌である。映画『アメリカングラフィティ』と同じように、つまらぬ、ありきたりの「落書き」のごとき断片を集めることで、この巨大な都市と、そこに暮らす人間達の姿を見事に、リアルに描き出しているからである。

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『東京グラフィティ』2015年10月号(グラフィティ/2015年 発行/480円)

 

 2015/10/02 20:30    Comment  連載   東京グラフィティ              
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