第80回 青森。新宿。ニューヨーク。 ゲイの黄金の10年間。その最後のきらめきを写した、今川忠雄『女のいないニューヨーク』

 

先週、青森に行ってきた。元踊り子の友人から依頼の仕事であった。連日の仕事はハードだったが、仕事と仕事の合間に、恐山や、小中野遊郭跡地を訪れ、観光旅行気分も楽めた。海の幸も美味しく、なにより、シャイで実直な土地の人々の人情が気に入った。また行きたいな。また呼んでもらえないかなぁ。……でも、次は、「寺山修司記念館」のある三沢がいいな(笑)。
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森山大道『三沢の犬』
三沢に行きたい理由が、もうひとつある。私が大好きな写真家の山大道の代表作『三沢の犬』が撮られた場所を訪れてみたいと思っているのだ。1971年。『三沢の犬』は、発表されるや、森山の名を日本のみならず世界に知らしめた。この作品においても「アレ、ブレ、ボケ(粒子の荒れ、激しい揺れ、画像の暈け)」と呼ばれる彼の作風が、すでに確立していたことに驚く。
森山は、同性愛者ではない。同性愛絡みのエピソードといえば、彼が師事していた写真家 細江英公の『薔薇刑』の撮影アシスタントをしていたことだ。『薔薇刑』は三島由紀夫を撮影した写真集で、三島のヌードが話題となった。また、彼の『新宿』の連作の中には、ゴールデン街や新宿2丁目のオカマ達が活写されている。細江×三島の、極端に誇張され虚構化されたホモエロティシズム。かたや、夜にうごめく同性愛者の生態を生々しく切り取った森山。対極の表現であるが、いずれも、私の大好きな写真集である。
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細江英公『薔薇刑〈新版〉』(集英社/1984年 発行/ISBN 978-4085320192)
森山は1961年に上京して以来、新宿という街をさまよい、写真を撮り続けてきた。写真集『新宿』は、彼の代表作となった。新世紀を迎えた、2004年。『新宿+(PLUS)』として、新宿の新たな姿を森山に撮影させようという企画が持ち上がった。その時、新宿といえばやはりオカマだということで、この私に白羽の矢が立ったのであった。
編集者の申し出に、私は、一も二もなく承諾した。なにしろ、森山大道に撮ってもらえるのである! 断る理由などあるわけがなかった。支度(女装)を済ませ、待ち合わせ場所へ。新宿2丁目近くの公園であった。彼は撮影場所を探しながら、街を歩いた。歩きながらも、素早くシャッターを押していく。あぁ、これが森山の撮影スタイルなのかと、感動する。結局、私は、新千鳥街の中で撮影することになった。撮影は、あっけないほどの早さで終了した。
森山大道
「東京オペラシティー・ギャラリー」での展示の様子。会場内撮影禁止だったので、遠くから撮ったので、分かりにくい(笑)。
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『森山・荒木 新宿展』(東京オペラシティー・ギャラリー/2005年1月15日~3月21日 開催)
しばらくして、友人からのメール。「東京オペラシティー・ギャラリー」で開催されている『森山・荒木 新宿展』に、私の写真が展示されているという。ついに出来たか! 私は喜び勇んで出かけたのだった。
するとどうだ。会場に入って真っ先に目にする壁面に、なんと天地4メートルを超える私のポートレートが展示されているではないか!!!!! 森山本人なのか、キュレーターの好みであったのか、いずれにせよ私の写真が気に入ってもらえたようである。誇らしいやら、気恥ずかしいやら、であった。このときの写真は、写真集『新宿+(PLUS)』に収録されているので、よければご覧いただきたい。
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森山大道『新宿+(PLUS)』(月曜社/2006年 発行/ISBN 978-4901477284)
さて、今回のホモ本は、写真の本である。1982年に出版された、今川忠雄の『女のいないニューヨーク』。タイトルが、良いねぇ。
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今川は、1948年生まれ。朝鮮戦争を撮った著名な報道カメラマン ロバート・キャパに憧れ、戦争の現実を写真に収めようと考えていた。彼が最初に行こうとしたのは、ベトナムであった。
 それでも私は危険な戦争写真をいつか撮影しに行きたいと思っていた。
しかし、夢は叶わず、彼がようやく戦地に赴く計画を実現に写したのは、1980年。イラン・イラク戦争であった。彼は、ニューヨークからロンドン、そして、テヘランに入る予定を立てた。ところがロンドンでイランのビザが取れず、トルコを経由することになる。しかし、トルコでもビザが取れずに、彼は、失意の内、ニューヨークに逆戻りを余儀なくされる。
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今川忠雄のポートレート(カバーに掲載)。なかなかのハンサム(笑)。
 ニューヨークに戻ってきた。たった一週間ぶりなのだが、なつかしさがこみあげてくる。まだホテルも決めていないのに精神的にはほっとしている。
(略)
 ようやく夜になったのでYMCAへ行った。フロントでキーを受け取り部屋へ行く。一応テレビなどもついていて、まあまあの環境である。
 服を着たまま靴も脱がず仰むけになる。ああーいい気持ちだ。さて、これで振り出しに戻ったぞ、どうしようか。
と、戦地で写真を撮るという長年の夢が打ち砕かれたわりには、お気楽な様子である。彼がわずか10年足らずの間に行こうと計画したのは、ベトナム戦争に、インド・パキスタン戦争、そしてイラク・イラン戦争である。まるで、戦争であればどこでも構わないといった風である。熱心な政治意識や高邁な信念に基づいているとは思えない、変わり身の早さだ(笑)。どうしても戦争写真が撮りたいのであれば、命をかけてでも密入国という手段もあったはずだが、彼は、それをあっさり諦めるのであった。
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ピア(桟橋)に集まって日光浴を楽しむゲイ達。(今川忠雄『女のいないニューヨーク』口絵より)
その代わりに彼が被写体に選んだのが、「女のいないニューヨーク」だった。彼が投宿したYMCAは、Village Peopleのヒット曲『YMCA』でも知られていたほど、当時から有名なゲイの集まるハッテンバであった。彼は、そこで知り合ったゲイを皮切りに、クリストファーストリートのゲイバーやゲイディスコ、6月末のゲイフェスティバルで写真を撮りまくる。その作品と、彼の半生を綴っているのが、この本だ。
彼の作品をいくつか紹介しよう。
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一番のゲイタウン、クリストファーストリートの様子。(今川忠雄『女のいないニューヨーク』口絵より)
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所謂、ハードゲイ・スタイル。(今川忠雄『女のいないニューヨーク』口絵より)
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今も昔も、ヒゲはゲイのトレードマークか。(今川忠雄『女のいないニューヨーク』口絵より)
ここに写されているゲイ達の姿は、底抜けに明るく、その名の通りにgay=陽気な姿である。街のそこここで、誇らしげに愛を確かめ合う姿も写し取られている。1969年の「ストーンウォール事件」に始まったゲイ・ムーヴメントが結実し、当時の同性愛者達はまさに人生を楽しんでいた。だが、その幸せも、翌年(1981年)、世界で最初のAIDS患者が発見されるまでだった。その、前夜。期せずして、“ゲイの黄金の10年間”の最後のきらめきがスナップされているのだ。
 本当に男が男を好きになったり、恋をしたりするというなら、興味本位で書かれているようないい加減な雑誌などの内容と、この現実は同じなのだろうか。セックスはどうやって処理するのか。
 私は彼らがポーズでやっているのかどうかを含め、いろいろ生態を知りたくなった。アメリカ人はキリスト教の深い影響下にあるのに、罪深いことを彼らは平然とやってのける。本来なら許されないことだ。
 クリストファー・ストリートのゲイたちの表情からは、悪いことをしているといった負い目みたいなものはまったく見られない。むしろ彼らは生き生きしている。不安げな表情などどこを見回しても見つからない。何と楽しそうに歩いているんだろう。ひょっとして私だけにそう見えるのだろうか。
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黒人ネコと白人タチの組み合わせか?(今川忠雄『女のいないニューヨーク』口絵より)
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当時のイケメン同士のキスシーン。(今川忠雄『女のいないニューヨーク』口絵より)
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屋外ハッテンバ。昼間っから、お盛ん(笑)。(今川忠雄『女のいないニューヨーク』口絵より)
森山大道の『三沢の犬』が素晴らしいのは、不適に邪悪な目つきでこちらを睨む野良犬の写真に、彼自身が持つ“悪”の心理を重ね合わせているからである。内省がある。自己を見つめる厳しい視線がある。一方、今川の『女のいないニューヨーク』は、決してすぐれた写真とは思わない。物見遊山の観光客が撮ったスナップ写真程度の出来だ。写されているゲイ達それぞれの人生のバックボーンや、同性愛者が背負わされてきた抑圧の歴史を感じることが出来ないからだ。薄っぺたい、珍奇な風俗の記録でしかない。だが、そのペラペラさが、脳天気に人生を謳歌していた“ゲイの黄金の10年間”の、なによりの記録となっているのが皮肉といえば、皮肉である。AIDS禍を超えて、ゲイ・コミュニティは、はたして内省を学んだのであろうか? 『女のいないニューヨーク+(PLUS)』として、いまのニューヨークのゲイ達の姿を写した写真が見てみたいものである。
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今川忠雄『女のいないニューヨーク』(ダイナミックセラーズ/1982年 発行/定価1020円)

 

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