第81回 処女妻の訴え! 泥沼の離婚劇。 若手二枚目映画評論家 増田貴光を襲ったスキャンダルとは? 1976年4月22日号『週刊平凡』

 

早いもので、今年もあとふた月を切った。歳を取ると時間が早く過ぎると言うけれど、これは誤りだ。時間が早くなるのではない。動作が遅くなるのだ。若い時は10秒で出来ていたものが、11秒かかる。体が錆びついたかの如く。10分で済んでいた作業が、「よっこいしょ! さぁ、やるかぁ!!」から始めて11分かかるようになる(笑)。笑い事ではない。10秒が11秒になるだけで、相対的に考えれば、時間が10%縮まったことになる。1年は、わずか11か月に、10年は9年になってしまう計算だ!
4c83e0550a385f0f396c42f0265901d7
写真左より、三崎千恵子、山岡久乃、京塚正子。
そんなわけで、年寄りと若者の間には、時間感覚にズレがある。先日も、知人らと話をしていて、思い知らされた。「ねぇ、三崎千恵子って、まだ生きてたっけ?」「死んだわよ。ついこの間」「じゃ、山岡久乃は?」「ちょっと前に死んだんじゃない?」「京塚正子は?」「とっくよ。けっこう昔よ」……てな話題で盛り上がっていたのだが、その場に居合わせていた若者に「京塚正子、知ってる?」と聞いたら、「僕、まだ生まれてません!」だって(笑)。
年寄りの言う「ついこの間」は、ここ5年前ぐらいまでのことを指す。「ちょっと前」は、15年前ぐらいまでフォローする。「けっこう昔」となると、20年以上は昔である。そりゃ、若者も生まれてないって(笑)。
8a88879274ed9fb9af889fd021ecce06
ドラマ『同窓会』より。写真左/西村和彦(左)と山口達也(右)、写真右/毎回こんな感じの衝撃が!(笑)
このズレが、厄介である。私たちの世代のホモが、一般常識だと思って疑わないものが、若ホモにとっては「ちょっと前」どころか「けっこう昔」。いや、生まれる前の“史実”でしかないことも多いのだ。
昨今の若ホモは、この番組の放映時間には2丁目どころかハッテンバも閑古鳥が鳴いたというテレビドラマ『同窓会』すら知らないのである!
……ということは、1990年代に起こった“ゲイ・ブーム”の歴史も継承されていないということだ。『同窓会』はさておき、当時の“ゲイ・ブーム”こそが、いまのLGBTなる運動の礎となっているのだから、この作品の名前ぐらいは知っておいて欲しかったものだ。若ホモへの歴史教育の必要性を感じる出来事であった。
てか、過去の先達たちの取り組みを(功罪含め)学んでいたとしたら、渋谷系LGBT活動家たちも、あんなお粗末な不祥事を起こさなかっただろうに(笑)。
6ad69b05c397afeda740815a2056a340
さて、知られていない、というか、伝えられてこなかったホモ界隈の歴史のあれこれを紹介してきた本コラムであるが、私の最近の関心は、ホモのスキャンダルである。マスメディアに取り上げられ、世間を騒がせた、ホモ絡みのスキャンダルについて調べている。これが、おもしろい! 傷害、殺人、放火、窃盗……あらゆる事件の陰にホモがいる。スキャンダルになるぐらいだから、芸能人や政財界はもちろん。教師、公務員、人間国宝まで(!)。
コツコツと古い雑誌や新聞を買い込んでは、発掘作業を続けている。そんな中で見つけたのが、『週刊平凡』1976年4月22日号。取り上げられているのは、『増田貴光が逆に妻と家族を暴行罪で告訴!』という記事である。
4626fa4ce661a389533a76e6a3aa4b72
写真左/テレビ出演中の増田貴光、写真右/増田貴光のレコード『こころの傷/悲しみの器』(クラウンレコード)。
そもそも、増田貴光なる人物を知っている人は、どのぐらいいるだろうか? いたとしたら、すでに40代以上。しかも、映画好きだったに違いない。彼は、映画評論家として1970年にデビュー。若く、二枚目であったことから人気が出て、『土曜映画劇場』の解説者をはじめ、『ベルトクイズQ&Q』などのテレビ番組にパーソナリティとして出演。さらに、歌手としてレコードまで出すほどの売れっ子であった。1974年には、当時24歳のミス八王子の女性と結婚。美男美女夫婦の誕生であった。仕事も私生活も順風満帆と思えた増田だが、その芸能生活はわずか4年あまり。彼のキャリアにストップをかけたのが、このスキャンダルであった。
若く、有能で、しかも美形の映画評論家を巻きこんだスキャンダルのあらましを、この記事から辿ってみよう。
「わたしたちの間には1度も夫婦生活がなかった」と、妻・木実(著者注/このみ)さんが“衝撃の告白”をして幕を開けたこの離婚劇は、さらに悲劇の様相を深めてきたようだ。
 別居中とはいえ、自分の妻を警察に訴えなければならなかったとは、いったいどんなことがおこったのか?
(リード文より)
5cbf32f5f317def4b953f28cda13ddc4
『週刊平凡』1976年4月22日号より。「本誌独占/泥沼の離婚騒動第2弾」とあることから、これ以前に、このスキャンダルをスクープした号が存在するということだ。
結婚してわずか半年で、妻の側から離婚を申し立てられた増田。その理由というのが、「わたしたちの間には1度も夫婦生活がなかった」ことだという。セックスがなかったことを理由にする妻に対し、増田は「木実は処女ではない ぼくたちには夫婦生活はあった」と反論する。このニュースにメディアが飛びついた。格好のスキャンダルである。その騒ぎの中で、次々と暴かれる事件。
発端は……。
 まず昨年(著者注/1975年)10月30日の事件。この日、離婚の話し合いをするため増田家を訪れた木実さんの兄・丈史さんは、激昂のあまり、貴光さんを殴ってしまったという。
第2の殴打事件が起こる。
 3月28日の事件は、すでに八王子の実家に帰っていた木実さんが、弟の正史さんと一緒に、増田家へ荷物を取りに来たとき起こった。
「姉さんがせっかく来てるんだ。あいさつぐらいしたらどうだ!?
 帰りしな、正史さんが貴光さんにこういった。ところが、貴光さんは、
「言うことがあれば家庭裁判所でいうよ」
 と答えた。これが正史さんをカッとさせ、彼は貴光さんをこぶしで殴ったというのである。そのとき貴光さんのめがねがふっとび、「生命の危険を感じた」貴光さんは110番をした。やがてパトカーが到着。2人は事情を説明するため、本富士署まで同行した。
さらに、第3の殴打事件は、2人が警察に行っている間に起きた。残された木実が、増田家のお手伝いさんと口論した挙げ句、殴ったというのである。これらの暴行事件を受け、増田が妻側を告訴したのである。もぅ、泥沼(笑)。
0707dafaa7e475c435af18733a93b6e6
『週刊平凡』1976年4月22日号より。結婚当時の増田貴光と妻の木実。
読者の皆さんはもうピンと来ていると思うが、このスキャンダルは、偽装結婚したものの、うまく行かなかった(つまり、セックス出来なかった)隠れホモの悲劇である。ところが、である。記事中には、「ホモ」も「同性愛」も、ましてや「ゲイ」「男色」といった単語が一度も出てこない。代わりに、増田が同性愛者であることをほのめかすのに使われているのが、「処女妻」という言葉であった。ホモなんざ、口にするのも汚らわしいということか(笑)。
それでも、世間の関心は、増田のセクシュアリティに集約していく。本記事では、夫婦共通の知人である人物の言葉を借りて、こう説明する。
「貴光くんは、ふだんから性格が女性そのものだ。年がら年じゅう化粧しているし、女性といるよりも男性といるほうが楽しいタイプの男だ。みんなが彼を男として見るから話が複雑になるんで、女として見れば問題は簡単なんだよ。2人のあいだに夫婦関係あったかどうかはわからないけど、貴光くんが“女”なので、木実さんにしても貴光くんにしてみても、女どうしでいっしょのふとんに寝ているのと同じだったんじゃないかな。
 いまの貴光くんにアドバイスしたいことは、すべてをすなおに認めて、木実さんに謝罪することでしょう」
この知人が言うほど、問題は簡単ではなかった。増田がはたして“女”であったかどうかは分からないが、ホモとしては血統が良い。淀川長治の『映画の友』に寄稿した映画批評『ヴィスコンティの美は禁色にあり』が、三島由紀夫の目にとまったという。淀長さんに育まれ、三島に見出された貴公子でさえ、偽装結婚せざるを得ない時代だったのである。
彼が、泥沼となるのが分かりきっているにもかかわらず、離婚裁判中に妻側を告訴したのは、おそらくは、同性愛疑惑を払拭したいという思いと、「処女妻」という言葉が、彼の性的不能=男らしさの否定となって、二重の侮辱になっていたからだろう。
9ae7fbdac38ee76a111ac1452c283049
『週刊平凡』1976年4月22日号より。テレビ出演中の増田貴光(左)。「この騒ぎが彼の今後の活動にどうひびくか たいへん微妙だ」とコピーが添えられている。
私が、増田のことを知ったのは、20歳を過ぎた頃。ゲイバーの与太話でだ。年長のホモ達の会話。「増田貴光って、どうしてる?」「死んだわよ。ついこの間。自殺だってよ」。自殺という言葉が耳に残ったが、当時の私は、「ふん。女と偽装結婚するような、意気地無しの隠れホモは、死んでも当然」と馬鹿にしていた。すぐに、彼の名前さえも忘れてしまった……。
今回、この記事のために調べていて、驚いた。死んでいなかったのである! 一連のスキャンダルで、仕事を失った増田は、詐欺を働き、逮捕。さらに、覚醒剤まで見つかった。執行猶予4年となったが、翌年の1980年。ふたたび覚醒剤で逮捕。2年間の実刑を受けたという。出所後は、稼業の看護婦家政婦紹介所を継いでいるという。
訃報は聞こえてこないので、現在は、76歳になっているはずである。若い頃の私は、彼の生き方を受け入れられなかったが、歳を取った今となって、彼の生きた時代の制約と、それでも、彼がスキャンダルを恐れずに裁判と告訴をした矜持のようなものも、なんとなく理解できるようになったのである。どうか、長生きをしていただきたい。
3b4f8a1697b168f9ec50ec0387069fc8
『週刊平凡』1976年4月22日号(平凡社/1976年 発行/定価150円)
淀長、水野晴郎、増田貴光、おすぎとピーコ……と、有名映画評論家にもホモが多い。というか、映画こそ、もっともホモと親和性の高いメディアであったからではないか。かくいう私も、映画が大好きである。友人知人にも映画関係者が多い。その中で最も有名なのは、橋口亮輔君だ。『渚のシンドバット』『二十歳の微熱』『ハッシュ』と、ゲイ・テーマの作品も多い。そんな彼の新作『恋人たち』が公開される。楽しみである。
07cce60a98cfcb1a278bcc7301dbfdaa
橋口亮輔監督作品『恋人たち』 2015年11月14日(土)、テアトル新宿・テアトル梅田ほか全国ロードショー。詳細は、http://koibitotachi.com/ (C)松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ
で、タイミングも良いし(笑)橋口君を招いて、例のトークイベント『あの日見たマーガレットという花を僕達はまだ知らない。(略して、あのはな)』を開催することにした。自作についてはもちろん、彼の好きなゲイ映画/嫌いなゲイ映画なんてテーマでおしゃべりしようかと思っている。映画好きの皆さん、ぜひ、お出でを!
43ed5aae3bd6a1d70267c3c72eabd33b
あの日見たマーガレットという花を僕達はまだ知らない。』 2015年11月18日(水)19時開場、新宿2丁目・ArcH、料金2000円1ドリンク付き。詳細は、http://aliving.net/

 

Top