第82回 君たちに矜持はあるか!? 1953年発行『MÉMOIRE(メモワール)』創刊号より、 油谷小三郎『一番美しいもの』。

 

いまさらながら、明けましておめでとうございます。
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ねんどろいどこ~でのふんどし(六尺)に、「ちびきゅんキャラ」の『黒子のバスケ』土田聡史の頭部を合体。 ガチャガチャ「開運!鏡割り」の酒樽を配して、おめでたいシーンを再現(笑)。
正月といえば思い出すことがある。大学を出て、ひとり暮らしを始めたばかりのことである。年越しに備えて、せめても、煮しめ、なます、黒豆ぐらいは手作りで、と考えていた。今からすれば、なんと殊勝な心がけだったのだろう。
だが、その悲劇は、買い出しに行った八百屋の店先ですでに始まっていた。なんとも立派な海老芋が並んでいたのである。それを見た瞬間に、「今年の煮しめは、京都風に芋棒にする!」と心に決めたのであった。そうと決まれば、棒鱈を米のとぎ汁に浸け、幾晩か。ふっくらと戻ったところで、大晦日。棒鱈もこっくりと煮上がり、あとは買ってきた海老芋を切り、面取りをして、出汁で煮含めるだけ。
鍋を火にかけたまま、ほっとひと息。『紅白歌合戦』が始まるのを待つ間に、美味しく出来上がっているはずだった。ところが、魔が差すというのは、あるものだ。無性にムラムラしてきたのである。そこで、今年のムラムラ、今年の内に、というわけで、オナニー納めと相成った。
………………。
あぁ、気分スッキリ。これで晴れやかな気分で新年を迎えられる。おせちも準備万端。海老芋も煮上がっているはずである。台所に向かい、鍋の落としぶたを上げた、その瞬間。カタストロフィは起こった!
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チョロギ(左上)は、黒豆の中に入っている、サナギのような形をした奇妙な物体である。写真は、「日本チョロギ愛好会のホームページから拝借した。その形がエビに似ていることから名づけられた、海老芋。サトイモの仲間だ。写真は、『デジタル大辞泉』より。
股間が痒いのである。たまらなく痒いのだ。二十数年の人生で味わったことのない掻痒感だ。私はおそるおそるパンツを下ろした。すると、どうだ!? 普段は、チョロギほどの私のチンコが、真っ赤に腫れて、海老芋ほどの大きさにふくれ上がっているではないか!? その痒さといったら、もはや痛みへと変化していた。水で冷やそうが、マキロンを塗ろうが、痒さがおさまることはなかった。病院に行こうにも、大晦日の夜である。やっているところは無かった。
原因不明の痒さにもんどりを打ちながら、ネットを駆使して調べてみると、原因は海老芋らしい。海老芋を調理した手をよく洗わずに、オナニーをしたもんだから、ぬるぬるに含まれるシュウ酸カルシウムが悪さをしたらしい。この物質は針状結晶だそうで、それが付いた手で、チョロギを……いや、チンコを弄んだものだから、チンコ満身創痍である。チンコに紙ヤスリをかけたようなものである。
酒を塗って、塩で揉んで、酢をかけたり……と、あらゆる手段を講じて、ようやく痒みが治まったころには、とっくに年が明けていた。私のチンコは、いつも通りのチョロギに戻ってホッとしたものの、サイズだけは海老芋のままが良かったなと、思ったのであった。
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これが、問題の芋棒(写真下段、右奥)。お気に入りの瀬戸物の三段重に盛り込んでみた。15センチ角の小さなお重は、ひとり暮らしの寂しい正月にぴったり(笑)。
しばらくの間、お休みを頂いていた『マーガレットの発見!今週のホモ本』、再開。古今東西の、あまり知られていない、また、忘れ去られている、同性愛にまつわる本の数々を紹介するコラム。今年も、よろしくお願いいたします。
さて、新年1発目に選んだのは、この本! 『MÉMOIRE(メモワール)』創刊号。
『MÉMOIRE(メモワール)』は、日本初の会員制ゲイ雑誌『アドニス』の、別冊として発行された冊子である。B6判、64ページに、会員(読者)からの投稿手記が掲載されている。『アドニス』が創刊されたのが、1952年。『アドニス』の反響の大きさに気をよくしたのだろうか、そのすぐ翌年に出版されている。手元にあるのは、第1号と、1957年の第7号である。このことから、半年に1冊のわりで発行されていたと思われる。
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『MÉMOIRE(メモワール)』創刊号(1953年 発行)。背景は、「Ernst Freihoff」社のクロモスのレプリカ。#7231と7287。
なにより驚いたのは、第1号の表紙をめくったページである。そこには、モノクロ口絵が、一葉。写されていたのは、チンコであった! ページの中央にチンコが来るように配された、男性ヌード写真だったのである。首から上は切られてしまっているものの、中肉中背、20代後半から30歳そこそこといったところか。一糸まとわぬ姿で、心もち、腰を突き出すようにしている。その股間には、チンコ。ぷっくりとした半勃起のチンコと、コロンとした陰嚢。陰毛まで克明に写し出されている。チンコは仮性包茎。包皮の中から、亀頭が4割ほどのぞいている。印刷は粗悪であるが、鈴口もちゃんと見えるのである。
ビックリした! いくら会員制の会報誌というクローズした媒体であったにしても、性器が写っている無修正の写真を掲載したとあれば、猥褻物頒布罪に問われる危険性がある。今よりも猥褻に対する感覚も厳しい時代である。『薔薇族』が陰毛を写したグラビアで発売禁止の処分となったのが1972年であるから、その20年も前のことだからだ。
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『MÉMOIRE(メモワール)』第1号のモノクロ口絵より。
本誌である『アドニス』は、『人間探求』などの風俗誌で会員を募集。会費を納入し、登録すると、会報である『アドニス』が送られてくるというシステムであった。送られてきた『アドニス』には、全冊通しの会員ナンバーが印字されている。つまり、誰が、どの『アドニス』の持ち主かが分かるのである。万が一に、『アドニス』が会員外に流出した場合も、誰から流出したかも瞭然である。そこまで厳密な管理体制で発行していたにもかかわらず、別冊の『MÉMOIRE(メモワール)』で、斯様な危険を冒すとは不思議である。ともすれば、『MÉMOIRE(メモワール)』だけではなく、本誌までが発行禁止となってしまったはずだ。ましてや、書店で販売されることもないのだから、過激なグラビアで、売れ行きアップを狙ったわけでもなかろう。謎は深まる。
本誌に目を移そう。『MÉMOIRE(メモワール)』という誌名どおり、会員からの回想、はじめての同性愛体験を克明に綴った手記が並ぶ。
『一番美しいもの』 油谷小三郎
『あいぶ』 A・K生
『慾望という經驗』 N・E・生
『潮流』 K・A・生
『思春期前後の事』 H・T・生
『暗黑のさそひ』 石井生
『山羊の乳房』 M・M生
『少年の象徴』 中川一郎
『眞夏の鄕愁』 井上寅男
『男體頌歌』 T・K・生
『回想譜』 三原彗
H・T・生の『思春期前後の事』には、6年生の夏休みに、22、3歳の若い担任教諭と泊まりがけで山登りに行った思い出が語られる。
 その夜更け、騒ぎくたびれて熟睡した僕は、ふと何かショックを受けて目がさめた。大人の彼が僕の性器を握つて動いてゐた。パンツは脱がされ下半身はむきだし裸だった。たいして驚かなかったのは先生の横に寝かされた時、何か祕かに期待するものがあった爲であろうか。
(略)
「舌を出せ」かすかな囁きがした。僕は舌を吸はれてゐた。「いい子だ。じつとしているんだよ」といはれ手で向きを変へられた。それから重い重い鉄板でぐーと押へつけられたような苦しい圧迫感と鋭い痛があつてきーつと欷り泣きたいやうな感じと共に太い固いものが體の中に侵入して來タ。声は上げられなかつた。
(略)
「可愛い。お前が大好きなんだ。昨夜の事誰にも云はないね」といつた。僕は始めて泣きたいやうな嬉しさでうなづきながら彼の胸に顏を埋めた。その日の山登りは素晴らしかつた。僕は愛されているんだといふ矜持は楽しいものだつた。
(『MÉMOIRE(メモワール)』第1号掲載、H・T・生『思春期前後の事』より)
掲載されている作品のどれもが、夢見み、憧れていた、男との初体験の感動、感慨に満ちている。同性愛者である事の苦しみや、悩みは、遙か遠景に退けられている。『MÉMOIRE(メモワール)』を通読して思うのは、同性愛者が自らの初体験やライフヒストリーを語る事で、同性愛者としての自覚や、ゲイ・アイデンティティの形成を促していたのではないかということだ。喜びや幸せとともに語られる初体験談は、誇らしく、愛することへの矜持が感じられる。たとえ同性に向けられた愛であっても、だ。
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『MÉMOIRE(メモワール)』第1号掲載、油谷小三郎『一番美しいもの』。背景は、DOVER社『Fruits & Flowers Illustrationsの図版でコラージュしたもの。
そう考えると、刑事罰や、発禁、ともすれば会の存続の危機もあったろう。そうした危険やリスクを省みずに掲載された無修正男性ヌードグラビアからは、「ほら、君たちが望んでいたのは、これだろう!」「君たちが見たかったのは、これなんだろ!」「なぜなら、僕たちは同性愛者だからだ!!!」……そう高らかに宣言する、発行人や編集者の誇らしげな声が聞こえてくるようだ。これぞ、ゲイ・プライドというものである。
昨今は、LGBT向けのネットメディアが花盛りである。玉石混淆。さまざまなサイトがある。中には、カウント数を稼ぎたいが為のスキャンダラスな見出しでクソみたいな記事をアップしているところがある。自分の商売の宣伝のためだけの胡散臭い記事ばかり書いているライターもいる。一見ごもっともな意見に見えて、「それさぁ、他のマイノリティを抑圧してるメッセージだよ」なシャイニーでキラキラな馬鹿記事もたくさんある。
そんな輩に、私は言いたい。「お前たちに、矜持はあるのか!?」と。『MÉMOIRE(メモワール)』の無修正男性ヌード写真を見ながら、襟を正していただきたいものだ(笑)。最後に、巻頭に掲載された、油谷小三郎『一番美しいもの』からの一文で、この稿を終わることにしよう。
 私のために、人生の崇嚴な扉を開いて、未知の世界へ誘導していつてくれた人 ── (略) ──  一番美しいものを、初めて私の中に植えつけてくれたその人へ、何で恨みなどを抱くことがあろうか。たゞその人が「男性」であつたといふこと、それが不幸だつたのだ、というのかも知れない。その烙印は、灼きつけられたまゝ、私の生命とともに、終生消えることはないものなのであろうか ──
 とはいへ、美しく潔い同性の愛情がもたらすさわやかな息吹は、心の底の奥までもあたゝめずにはおかない不思議な魅力を發散して、立ち向かって來るのである。
(『MÉMOIRE(メモワール)』第1号掲載、油谷小三郎『一番美しいもの』より)
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『MÉMOIRE(メモワール)』第1号(1953年 発行)。発行人、編集人、発行所、価格などの記載は、まったくない。

 

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