世界ではじめて同性カップルを認めた町、コペンハーゲンへ。vol1.(LGBT篇)

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アメリカでは今年の6月、ようやく全州において同性婚が認められたのだけど、世界ではじめて同性婚が認められたのは、2001年のオランダだと僕は思っていた。

それがなんと、1989年にデンマークにおいて、登録パートナーシップ法(ほぼ同性婚に近いものだが養子は貰えない)というものが世界で一番最初に出来ていたということを知って驚いたのだった。

日本でもうれしいことに、ようやく渋谷区で『同性パートナー証明書』、世田谷区で『パートナーシップ宣誓書』というものが認められはじめた。それに伴い携帯会社や保険会社などの民間企業にも変化が起こりはじめてきた。

それにしても、デンマークでは26年も前に国会で可決されていたなんて……相当進んでますよね。どこの国でも、簡単に同性婚が認められたわけではなく、そこに至るまでに沢山の人々の努力と地道な活動があったに違いない。そんなLGBT先進国デンマークの首都コペンハーゲンに行ってきましたー。

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海に浮かぶ船のホテル。窓からはカヌーを漕ぐ人たちが見える。

Richardt(ここではリチャード)は、LGBT DENMARKに長く勤めて来たおじいちゃん。年は72歳。これまでのデンマークにおけるLGBTの歴史をうかがった。

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〈デンマークのLGBT〉
リチャードは17歳の頃に(1960年代)、自分がゲイであることを親にも言えず悩んでいた。ある日、ゲイバーの前を入ろうか入るまいかドキドキしながらぐるぐると歩き回っていたところ、警察に捕まり、そのあと家に連れて行かれ、「この区域には、この少年は入ってはいけない」という張り紙をわざわざ家にされたという。

デンマークでは、50年代後半から60年代にかけて、警察が、男性が男性をお金を払って買うところをバーやホテルで見つけては差し押さえ逮捕していたようだ。それはまるでゲイに対する嫌がらせであり見せしめのようであったという。

やがて1968年に、セクシュアリティや性的指向がいかなるものであってもその人を尊重しなければならない、それは『人権』であるということが国において決まり、1989年に『登録パートナーシップ法』が可決された時には、政権の交代などが偶然重なって実現されたそうだ。

〈コペンハーゲンPRIDE〉
今年のコペンハーゲンのPRIDEは、火曜日から日曜日まで、ほぼ1週間まるまる使って各種イベントが開催された。

パーティーや交流会、勉強会などがあり、市庁舎の広場にコンサート会場が設けられ、様々な店が出店し、昼間から人が押し寄せてビールを飲んでいる。ちょうど、東京レインボープライドの代々木公園でのイベントが1週間続く感じと思えばわかりやすいかもしれない。

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町中もいたるところに、『COPENHAGEN PRIDE』の幕がかかっていたり、ビルにレインボーフラッグがはためいていたり、セブンイレブンが虹色になっていたり、町をあげて盛り上がりを見せていた。

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※DI(Confederation of Danish Industry)といって、日本の経団連に相当する経済団体のビルです。

パレードは、土曜日の13時にはじまり、3時間くらいで2キロ強の距離を歩き、コペンハーゲン中央駅を通り、市庁舎前が終点となる。

今回、友人にケンスケとヨーンを紹介していただき一緒にパレードを見ることになった。ふたりは結婚して5年になるというゲイカップル。ケンスケが38歳の日本人。ヨーンは59歳のデンマーク人。

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ふたりはなんと、東京で出会い、恋に落ちた。

東京とコペンハーゲンという遠距離恋愛を2年間続けたのち、年下のケンスケがデンマーク行きを決意、やがてふたりは結婚をした。

ヨーンはよくしゃべり、周りに気をつかう優しい人。初対面の僕にも率直に言いたいことを言ってくる。ケンスケは、ハンサムで色黒のマッチョ。上半身裸になってパレードを応援していたのだけど、あまりにもセクシーなので気になって仕方がなかった。笑

パレードの間中、ふたりは僕がそばにいても熱々であることを隠さず、何度もキスをしたり、ケンスケの身体を触ったり…

仲の良さそうなふたりを見ていると、世の中には不思議な出会いがあるものだなあ……と思う。日本人とデンマーク人のゲイが出会う確率なんて、いったいどれくらいなのだろう……。

まさに、『運命』ではないか。

ふたりはすでに2週間のバカンスを取った後なのに、この後、バルセロナへ1週間のんびりと過ごしに行くそうだ。

ああ、僕もデンマークにお嫁に行きたい……。

都合良く、ホテルの前がパレードのコースだったため、ホテルの前でケンスケとヨーンが用意してくれたシャンパンを開けて、乾杯をしながら見ることができた。

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パレードの先頭は、大きな車の上に人が何人か乗って現れた。その後、様々なフロートが続いてゆく。デンマークの国家機関に関わる人たちは真面目そうに歩いていくし、LGBTの警察官もいる。ドラアグクイーンは様々な衣装に身を包み、ヨーロッパらしいグロテスクさに溢れている。

そのうちに、これが一番コペンハーゲンらしくて印象的だったのだけど、老人たちを三輪車のような自転車に乗せた集団が現れた。よぼよぼのおじいさんやおばあさんたちは、どうやらLGBTのグループが高齢者をサポートしているようだ。

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また、ゲイやビアンのカップルが、子どもを連れて普通に歩いてくるし、ビアンの集団が元気よくパレードを煽動している。

今回僕は浴衣に着替え、『PRIDE FROM JAPAN』のボードを掲げることに。

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これは、今年のニューヨークPRIDEの時には東小雪さん&増原裕子さんがニューヨークで掲げ、杉山文野さんがベルリンPRIDEで掲げ、僕がトロントPRIDEで掲げたものだ。今年は世界の4都市で同じボードが掲げられたことになる。(※東小雪さんのニューヨークPRIDEレポートはこちら

沿道に柵がないため、みんなが僕の『PRIDE FROM JAPAN』のボードや浴衣姿を見ては、「ありがとう」「こんにちは」「さようなら」「WE LOVE YOU!」と言ってハグをして来たり、お酒を注いで来たり、乾杯しようと走って来たり、ハイタッチを求めて来たり、キスをして来たり、急に真面目な顔をしてお辞儀をする人たちがいる。彼らのイメージは、『日本人=お辞儀』なのだろう。笑ってしまうのは、なぜだか両手を自分の前でぴったりと合わせてお辞儀をするのだ。タイのお辞儀のように……。

パレードが終わると、みんなが市庁舎に向かって歩き出した。これから始まるコンサートに行くのだろう。ところどころ広場に集まっては、お酒を飲み、仲間たちと語り合い笑い、ハグしている人たちがいる。

コペンハーゲンPRIDEは昨年を凌ぐおよそ3万人の参加者とおよそ12万人もの観衆が集まったそうだ。ぎゅうぎゅうに人が押し寄せたステージには、政治家が何人もスピーチをしに来たし、髭女装のコンチータもいた。

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世界ではじめて同性カップルの人権を勝ち取ったこの国は、この日、虹色の旗のもとデンマーク人も観光客も混じり合い、町中が幸福な笑顔で溢れていた。

★駐日デンマーク大使館
Facebook:https://www.facebook.com/EmbassyDenmark/
Twitter:https://twitter.com/DanishEmbTokyo

★アジアも、世界も。LGBT旅行会社 アウトアジアトラベル www.outasiatravel.com

 

 2015/11/06 17:00    Comment  コラム   コペンハーゲン              
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