能町みね子の喜怒哀楽【怒】

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私はツイッター中毒ですが、ツイート以上にエゴサーチに熱心です。基本的には褒められてるのを見つけてモチベーションを上げるのが目的なんですが、気に入らないことを言ってる人を見つけると腹を立て、大人げなくわざわざ直接文句を言うこともあります。昔に比べるとだいぶ我慢できるようになったけど、一時期は怒るためにエゴサーチしているような状態。

まず腹が立つのは、露骨な罵倒、差別的な言辞。でも、さすがにこういうものに文句を言っているとキリがないので、これらはツイッターの便利なブロック機能で瞬殺です。この手の人たちは自分でも罵倒していることを分かってやっているのでどうしようもない。この手の怒りについては、「心底からの見下し」と「ブロック(抹殺)」のスイッチをサッと入れることで案外すぐ消すことができます。

ただ、これとは別の、やりがいのある怒りというものがあります。「やりがいのある怒り」って変な言葉だけど、私には、結果として仕事のモチベーションが上がり、エンターテインメントにすらなる怒りというものがあるんです。私はもともと嫌なことがあると怒るより凹むタイプでした。しかし、あるとき気づいてしまいました。凹むと仕事の能率も悪化し、生命力まで削られる気がするけど、怒ったときはアドレナリンが出て、場合によってはその後の仕事効率も良くなるということに。

さて、その「やりがいのある怒り」は、私が言ったことについて勘違いの解釈をして批判してきたり、私について勝手な憶測で理不尽な悪口を言っているようなツイートを見つけたときに生まれます。

こういう人たちは自分に圧倒的に理があると思っている。どうにも我慢がならないと私はついつい突撃し、あなたの考えはどこから間違っているか、なんてことを丁寧に説明してしまいます。このとき、私は実際に腹が立ってもいるけれど、同時に難しいプロジェクトに取り組む若手ビジネスマンみたいな気持ちにもなっている。どうやってこの相容れない人間と共通点を見つけ、落としどころをつけるかという新規案件に少し興奮さえしているのです。相手に私と対話する気が見えたときーー特に、相手が余裕ぶっているとき。これはチャンスです。私の頭は仕事中以上に回転する。落としどころを見つけたうえに、このやりとりを面白くして、ツイッター上の無数の観客に見てもらおうと思ってしまいます。

以前、私を「サブカルが服着てるみたいでイラつく」などと長々悪口を書いていた人に腹が立ち、私はそれを自分のツイッターで取りあげました。すると、さらに「めんどくさい人だな、それでも芸能人か」などと言われました。他人に勝手に「サブカル」「芸能人」というレッテルを貼り、自分の言葉を棚に上げて「大人げない人」として扱ってきたこの人に私はかなり腹が立ったのだけど、一方で私の勘が「コイツは会話ができそうだ」とも囁いていた。

腹を立てながらいくつか反論すると、先方が余裕ぶっていることに気づきました。チャンスです。プロフィールに「たま」が好きとあったことから、かなり強引にハンドルを切って、途中で突然「たまのアルバムはどれが好きか」という話に展開。向こうも余裕を見せたいためか、こちらの話に乗ってきた。音楽の話に持っていって、たまのアルバムについての和やかな会話で軟着陸することに成功。このとき、別に向こうが「論破できないから懐柔してきたな」と思っても一向に構わないのだ。腹の立った、相容れないはずの相手が、私の誘いに乗ってごく普通の会話をしてきただけで私はスッと溜飲が下がるのである。

こんなとき、「そんな人は相手にしちゃダメですよ」なんて横槍を入れてくる人がいます。これがもっとも腹立たしい。せっかく私が怒りをエンターテインメントにして楽しんでいるところなのに、邪魔しないでくれ。あ、ダメだ、この横槍に対する怒りも、罵倒と同じでエンターテインメントにならないや。ちょうどいい怒りって難しい。

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 2015/12/01 17:00    Comment  連載   能町みね子の喜怒哀楽              
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