第1回 小説家 榎田尤利/ユウリさんとの対話(前編)

1995年、『小説JUNE』誌上の「小説道場」で投稿デビュー。2000年に単行本デビュー。以来、榎田尤利名義でBL小説、榎田ユウリ名義でライトノベルを発表。2013年には通算100冊記念本が出版されるほどの人気作家となった榎田尤利/ユウリさん。

 

第1回ゲスト:榎田尤利/ユウリさん
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インタビュアー:溝口彰子
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©Katsuhiro Ichikawa

 

私が榎田さんと知り合ったのは、たしか1999年ごろ、ご本人のウェブサイトに併設された超高速回転掲示板(通称「黒板」)への書き込みがきっかけでした。拙著『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(2015、太田出版)でもBLコミュニティ感覚のエピソードや「進化形BL」作品の例としてなど、幾度も登場してもらっている榎田さんに、対話編の最初のお相手をお願いしました。

 

エロを語ることは「健全」である

 

溝口:実は、私、評論集『BL進化論』ではBLにおけるエロについて十分な考察ができなかったことが心残りで。もちろん、1961年からの広義のBL史、1990年代のBLの定型、「やおい論争」をふまえて、2000年代の「進化形」とそのメカニズム……と、「近年のBLではホモフォビア(同性愛嫌悪)やミソジニー(女性嫌悪)の面で現実よりも進んだ世界が描かれる進化形作品が生まれている」ことを述べるだけで精一杯だったのは仕方ないとは思ってもいるのだけど。

 

榎田:あの厚さ(360ページ)だものね。あれ以上は無理だったよね。

 

溝口:そう。でも、だからこそ、「対話編」ではエロの話も忘れずにしたいと思って、レジュメの最後に書いておきました。

 

榎田:最後でいいの? エロ重要だよ(笑)。

 

溝口:たしかに(笑)。じゃあ、エロから! えーと、榎田さんは『エロティカ』(2012、リブレ出版)という短編集のあとがきで、明確にエロを肯定しておられますよね。「道徳や常識や親愛、それらも生きていくのにとても大切ですが、タナトスへの対抗手段としては弱い。綺麗すぎて弱い。もっと命の根源に近い衝動が必要であり、それこそがエロスである」「猥雑で滑稽で真摯で悲しくて愛しい、人の本質がそこにある」「私の書くエロはひたすら男同士なので、生殖には直接関与しないものの、世の女性たちのひとときの安らぎ、あるいは萌えの提供として機能しているのであれば」存在意義がある、エロを語ることは「健全」と。

 

榎田:そのあとがき、けっこうほめていただきました。読者さんからも「あとがきにも感動しました」っていうお手紙をもらったり。

 

溝口:私も素晴らしいと思うのだけど、めずらしいですよね。BL作家さんがはっきりこういうことを書くのって。

 

榎田:エンタメを提供している側が、その中身を解析してみせるっていうのは興ざめになりがちだから、避けがちなんだと思う。私は、以前から表明しているとおり、BLは単なるエロコンテンツではないけれども、ポルノの側面があると思うし、あっていいし、ないと暴れるし(笑)。と、同時に読み手側の「エロエロしいものを読んでいるけれども、それは私自身がああいうことをしたいわけじゃない。つまり、私の直接的な欲求ではない。だって男同士のエロが好きなのであって、でも私は女なんだから、自分を投影して読んでいるわけではない。だからスケベとか言わないでね」という、ややこしいエクスキューズをしたくなる気持ちも理解できる。長年の社会的抑圧がそうさせているんだろうし。だから、そんな懊悩を抱えているかもしれない読者さんに対して、「エロを欲するのは、なんら恥じることではないっすよ」ということを言いたくて、ああいうあとがきになりましたね。

 

溝口:『エロティカ』には短編小説が6本収録されています。フェチとか3PとかSMなどの、いわゆる「御成就正常位」じゃないエロのバリエーションがあって、最後のお話「書生の戀」が、主人公がひいおじいさんの書類を整理していて、松岡くんっていう若者と曽祖父の間のほのかな恋のような交流を知り、第二次世界大戦に召集された松岡くんの生きたい、死にたくない、「生きて先生に会いたい 先生に触れたい 生きて貴方に接吻したい」っていう走り書きを見て衝撃を受ける、っていうお話なんですよね。死にあらがう叫びが反戦メッセージであると同時に生への執着がエロティックでもあって、あとがきでの、タナトスに対抗するにはエロだ、という話にもつながっている。

 

榎田:この短編集の最後のお話では、性行為のない物語、ポルノじゃなくてタナトスの対義語としてのエロスでしめたい、というのは最初から考えていて。短編の並べ方は二転三転しましたが、「書生の戀」が最後、っていうのは揺らがなかった。

 

溝口:このラストの「書生の戀」は書き下ろしなんですね。最後の最後に主人公が書類を燃やしている横でカレシに抱きついてキスして、体のぬくもりとか唾液のぬめりに生きているって感じる。物語世界のなかの主人公の生と性への祝福であり、BL愛好家への励ましでもあるよね。

 

榎田:エロに関して私たちは、何段階かの抑圧の下にいるのかな、と。ひとつめは、いわゆるPTA的なというのか、とにかくセックスのことは表立って語ってはいけない、秘めているのが「良い子」だというもの。で、もうひとつの段階としては、性行為なくしては生殖がないのだから、やみくもにセックスを子供から遠ざけるのではなく、正しい異性愛教育ならばOKという考え方。でもBLで描くのは男性同士のセックスだから、そもそも生殖とは関係がない。さらに、女性に性欲があること自体がタブー視されがちな社会だから、みんな隠れて読むわけですよね。その気持ちはとてもわかるけれど「罪悪感は必要ない」ってあとがきで言ったつもりだし、たぶん、けっこう伝わったんじゃないかなあと思っています。

 

溝口:BLって、好きなキャラとかカップリングに対する「萌え」という言葉で語られるけど、でもそれは実は、キャラを通してBL愛好家たちがお互いに快楽と愛を交歓しているし、いわば脳内同士で「まぐわっている」。そしてプロ作家もその「まぐわい」に参加しているのがBLコミュニティだっていうことを『BL進化論』では論じました。

 

榎田:それはおそらく同人誌文化が関係しているんじゃないですかね。プロの作家さんでも引き続き同人活動をしている方はすごく多いし、提供者(作家)と享受者(読者)っていうより、同じ萌えポイントを持つ仲間、という意識が強い。心理的な距離感もとても近いように感じます。 私自身は同人活動をしたことがないんだけど、はたから見ているだけでも、同じカップリングが好きっていうことが判明した瞬間に、「わかる!」ってなって、2秒で相互理解できちゃう勢い(笑)国籍や言語の壁も飛び越えますからねえ。

 

溝口:そう、それって、単純に「同じカップリングが好きな同士」っていうだけじゃなくて、「脳内の快楽の回路が同じ同士」だからなんだと思います。もちろん、二次創作での好みのカップリングの一致という話は自覚している方もいるだろうけど、商業作品についても、日々、作品を通して作者や、同じ作品を読んだ読者友達と「脳内でまぐわっている」なんて意識しているのは私くらいかもしれないけど(笑)。

 

後編につづく(2015年12月15日公開予定)


■参考作品
エロティカ』(リブレ出版
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カバーイラスト:中村明日美子
©Libre Publishing All Rights Reserved.

 

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